『坂井凛子の平凡な日常』 Ⅵ

ふう、ようやく事件は収束を迎えたようです。ですがまだ若手いないことがありますね
「動機はなんだったんですか?」
「ふ、俺だって殺す気はなかったさ。そもそも、被害者の名前すら知らない。ただ、突然、俺がこの家の財産を狙ってることをバラされたくなければ3000万払えとか言ってきやがった。ただでさえ、金がねえのにそんな大金準備できるわけがねえ。払え、払わんで押し問答になってな。気づいたらナイフ振り回してたんだよ。しかもあいつ、妙にすばしっこくて何度も外したし。まったく、こんなことなら無理しなければ良かったぜ」
と松岡さん。どうやら捨て台詞のようですが。
「ホント、最低ね。あんたってやつは」
椿さんが言うのももっともでしょう。あまりにも自分勝手すぎる気がしますね。
「ってそういえば鏡たんはなんであんなヘマを?」
外村さんが言うとおり、椿さんも十分な戦闘能力をお持ちですよね? ナイフ相手とは言っても、もう少し抵抗できたと思うのですが。
「それは、その……。奇襲されたのよ。突然。で、こう対応できなくてさ……」
椿さんがちょっと目線を逸らしながら言います。
というか、怪しすぎますよ?
「嘘だっ!」
外村さん。突然叫ばないで下さい。
「ど、どうしてそんな事言えるのよ?」
どうやら椿さんには、自覚が無いみたいです。
「顔に書いてあるもん。嘘だって」
……?外村さんのいうような落書きをされたような痕は特に見受けられませんけど……。
「うう、だって犯人を追い詰めようとしたら途中で滑ってコケて、そのせいで捕まったなんて恥ずかしくて言える訳……」
「なるほど。いつのまにか鏡たんにもドジっ子属性がついたか。ツンデレでドジっ子か〜」
外村さんお得意のからかいですね。
「べ、別にツンデレじゃないんだからね、ふん」
……。もう一個の方はスルーですか? って、椿さんドジっ子だったんですか!
「あと、鏡たんっていうな。しかも私はドジっ子でもない!」
あ、ちょっとずつエンジンかかってきましたか。いかんせん、椿さんがいないとこう――私達の暴走に歯止めをかける人がいない気がするんですよね〜。いわゆるツッコミ分が。外村さんに言わせれば「鏡たん分を補給〜♪」って所でしょうか。
「いや、凛子。それはちょっと違う。っていうか、あんたもいらんこと吹き込むな」
椿さんがどんどんツッコミ始めましたね。いい傾向だと思います。
「いや〜、このリズムとキレは鏡たんにしか出せないよね〜。やっぱり鏡たんがいないとボケ3人だけってのはかなり辛いからね」
それに、と外村さんは一息置いて、
「鏡たんがいないと淋しかったんだよ」
外村さんはそう言いつつ、ちょっと上目で椿さんを見上げます。
「い、いや、それはその……。わ、私も心細かったわよ。……うう、これでいいでしょ」
なんか、外村さんがすごく喜びそうなコメントですね、椿さん。わざとやってたりしませんか?
「むう、割とデレると思ったんだけど。ツンデレ的模範解答みたいな答えが返ってきた」
まったく、椿さんも素直じゃありませんね。まぁ、それが椿さんらしいといえば椿さんらしいんですけど。目から頬にかけてうっすら残っている線の痕が何なのかさえ分かれば恐かったことぐらい誰にでも分かるでしょうに。
「……俺は放置か?」
「当たり前じゃん。あんたがいると空気が壊れる」
椿さんの辛辣な一言により、松岡さんは撃沈しました。


その後、優華さんが連絡したのでしょう。警察がやって来て、殺人容疑で松岡さんは逮捕されました。
被害者は、中山竜太さんというそうで、30歳のフリーライターだったそうです。優華さんもご存知ないということで、いったい何者だったのかは分かりません。
「まぁ、あの男の動きの異常さは、部外者にもバレバレだったってことでしょう」
とは優華さんの弁。
「まぁ、こんなことになりましたけど、せっかく来てくださったのですからどこかに遊びに行きませんか?」
と優華さん。どこかってどこでしょう? まさか、チロルチョコ博物館見学ですか!
「え? でもさ、優華。家でやればいいんじゃない?」
「お嬢様。残念ながら現場検証をしなくてはいけないそうですから。まぁ、事情聴取は私が受けておきます。皆様で楽しんでもらえるかどうかは分かりませんが……」
といいながら優華さんが取り出したのは旭川にある有名な動物園のチケットでした。チロルチョコは関係ありませんでしたね……。
「丁度5人分あります。今からでしたら11:06発旭川行きの普通列車があります」
「ありがとう、優華。でもさ、どうやって行くの? 道は土砂崩れで通れないんじゃ……?」
「ああ、それはあの男の嘘です。ほら、その証拠に」
といって優華さんが指した先にはリムジンが停まっていました。運転手さんがお辞儀してくれてます。すごくご丁寧ですね。
そんなことを思っていると、運転手さんが近づいてきました。
なんか初老の紳士ってかんじですね。
「執事兼料理長兼運転手の荒川と申します。駅までは私がお送りいたします」
……凄い手の回しようです。というかこんなに至れり尽くせりな対応をしてもらって、本当にいいんでしょうか?
「あはは、気にしちゃだめだよ。凛ちゃん。こういう好意は受け取らないと却って失礼ってもんだよ!」
そういう前島さんはこういうのに慣れているのかもしれませんが……。
「本当によろしいんですか?」
どうしても聞きたくなるのは、一般人の性でしょうか?
「ええ、こちらとしても色々ご迷惑をおかけしましたので、そのお詫びとでもお考え下さい」
まぁ、優華さんがそこまで仰るなら、お言葉に甘えさせていただきましょうか。
「やった〜! 動物園だよ?何年ぶりだろう? しかもタダだよ、タダ。いや〜太っ腹だね」
「ちょっと、幸子。失礼よ」
椿さんが嗜めていますけど……。
「だっていいじゃん。……ダメ かな?」
外村さんはなにをおもったのか、ちょっと目を潤まして、上目遣いで椿さんを眺めています。
「う、ま、まあ、楽しみなのは分かるけどさ、……やっぱお礼とかはきちんとしておかないと」
今日の椿さんはちょっと変です。いつもよりその……デレが多いって言うのでしたっけ? 外村さんの受け売りですけど。
「では、楽しんできてくださいね」
と優華さんが見送ってくれるのに
「はーい」
と答えました。約1名、周りの警察官を一人残らず振り向かせるほどの大声で叫んだ人がいましたけど……。
「では、皆様。お乗りください」
荒川さんがわざわざドアまで開けてくださいました。
すると、
「あっ、凛子さん。少しいいですか?」
と、優華さんが声をかけてきました。
あれ、なにか忘れ物でもしたでしょうか?
「いや、先ほどのトリックの部分の推理は見事でした。あの証拠なしであれを考えるなんて、脱帽です」
「あ、いや別にあれはその……」
そんな、優華さんに褒められるなんて……お恥ずかしい限りです。
「では、楽しんできてくださいね」
優華さんはそういって、微笑みと共に見送ってくれました。

と言うわけで、今は荒川さん運転のリムジンの中でわいわいがやがやしている――のですが。
1つだけ気になることがあります。それは、最後の優華さんの言葉です。
「いや、先ほどのトリックの部分の推理は、見事でした。あの証拠なしであれを考えるなんて、脱帽です」
言われた時は特に気にしませんでしたが、なんかこう「は」って所を妙に強調していたように感じたのですが……。
もし「は」と言う言葉が限定の意を示す助詞だったとしたら……。トリック以外は見事ではない、ということです。私はトリック以外の話はしていませんからそもそも“トリックの部分”なんて言わなくてもいいはずです。ということは、優華さんはご存知だけど、私達は知らない謎がまだ、残っているということでしょうか。
そういえば、いくつか引っかかる点があります。
例えば、突然の脅しにしては妙に手回しがいいことです。私が提示したトリックは水の量が分からないとアリバイが成立しない可能性があるもので、水の量をとっさに調整できたとは到底思えません。何度か実験しないとどのくらいの力で抜けるのかが分からないはずです。
多分、芳野さんが見た白色のお化けの正体は実験中のペットボトルだと思うのですが。
つまり、実は計画的な犯行だったということです。
恐らく、強請られたというのは嘘でしょう。少なくとも突然ではなかった。計画していたあのトリックを使うため以外には、わざわざ私達が行動を共にしている間に被害者を家に招きいれる理由はありません。どうせなら外で殺した方が外部犯の可能性を残せましたし。
では、あの男は何故、嘘をついたのでしょうか? あれだけのトリックを使っておきながら、裁判で犯行は衝動的なものだといっても通るわけがありません。それならば、反省の態度を示した方が得なはずです。
もしかすると……。他の理由をでっちあげないといけないような理由でもあるのでしょうか? だとしたらそれは何でしょう。
色々と考えていたのですが、
「おーい。凛子さん。一番好きな動物って何?」
え、私のですか? そうですね。牛でしょうか。
今の外村さんの質問は何だったんでしょう?
「ふ〜ん、鏡たんは?」
外村さんは続いて椿さんに訊ねます。
「私は金魚かな?」
椿さん、金魚って……。そういえば飼ってましたっけ。
「って、鏡たんって呼ぶな!」
椿さん、ツッコミ遅いですよ。
などなど、他愛もない話をしているうちに名寄駅に到着しました。

「ではみなさま。お気をつけて。楽しんできてください」
と荒川さんがそう言って見送ってくれました。
「じゃあ、いってきます」
と再び叫んだわけですが……。
「荒川さん、1ついいですか?」
私は、こっそり別れ際に質問しました。
「昨日、列車内であった事件って犯人は捕まりましたか?」
「いえ、まだでございます。ですが、今回の事態を受けて列車に一人、警官を乗せているということですし、もう襲われることはありませんよ」
「そうですか。ありがとうございました」
と礼をして、駅の構内に向かった。
実はこの後、荒川さんが「なかなか楽しめそうにないな。彼女は」
と、優華さんに報告したそうだが、それは後で聞いた話だ。

駅の構内に入ってみると、丁度発車するところです。
「ぷひゅー。いや〜危ない、危ない」
前島さんの言うとおり、私達が乗った直後に列車が動き始めました。もう少し、荒川さんと話し込んでいたら間に合わなくなるところです。
「じゃあ、今度は何する? やっぱりトランプかい?」
外村さんが例の如くカバンの中を漁っています。
「今度は――ナポレオンかな!」
そういう前島さんの手には外村さん愛用のトランプがあります。あれだけの事があったのに、気丈に振舞われているのは……。皆さんが暗くならないようにとの心遣いなんでしょうね。特に椿さんとか。先ほどは色々と弄ばれていましたけど、多分相当まいっているはずです。
「あー、ナポレオンか。久し振りね。あれって結構頭使うのよね〜」
その椿さんも今では何事もなかったかの用に振舞っています。
しかし、です。まだ事件に謎が残っています。何より、こっちの殺人事件とやらも気になりますしね。
「本日はご乗車いただきまことにありがとうございます。この列車は名寄発、旭川行きです。この列車は各駅に停まります。次は、東風連。東風連です」
運転士さんのアナウンスが聞こえてきます。といっても、聞いているのは私達だけ……。いかんせんワンマン列車ですし……。いや、一人だけ女の人がいますね。どうやらこの人が荒川さんの言う警官さんですね。普通に普段着を着ていて、言われないと警官さんとは気がつかないでしょう。なんか、ほわ〜んとしてますけど、大丈夫かな。
「凛子もやる?」
さっかくのお誘いですが……。この列車で起こった事件が気になりますし。
「へっ? この電車ってそんな事件あったの?」
あれ? 前島さん、あの男の話聞いていなかったんですか? あの男、確かに言ってましたよ。しかも、電車じゃなくて列車じゃないでしょうか?
「いや、何でも殺人事件があったとかで、少し動けなくなってしまって」
と。多分ですが、嘘ではないでしょう。犯罪を企んでいる人間が言う台詞ではない気がします。まぁ、あの人に確認すればいい話ですが。
と私が彼女の方を見ると……。
「あれ? 佐野さんじゃない。お久し振り〜♪」
芳野さんが突然、声を上げます。
「ってお前ら知り合いかい!」
椿さんもいい感じにアクセルかかってきましたね。
「あら〜。お久し振り〜。……どちら様でしたっけ?」
……佐野さん、なんですよね? 芳野さんのお知り合いなんですよね?
「え〜っ、忘れたの?」
芳野さんはご存知のようですが……。いったいどうなってるんでしょうか? 誰か説明してくれないと……。
「クスッ。まさか忘れるわけがないじゃん。ゆかたん。でもさ……」
でも、何でしょう?
「呼ぶ時は下の名前で呼んでって言ったでしょう? ゆかたん」
佐野さんはそう言いながらこっちに近づいてきました。
というかそんな子供みたいな理由ですか?!
「だって、燐子って言うと、彼女とかぶるんだもん」
と芳野さんは弁明つつ、私の方を指差してきました。
「あ、紹介しますね。彼女は佐野燐子さん。名寄警察署長さんだよ」
えっ……。あのすっごく頼りなさそうで、ほわ〜んとしてる人が署長さんですか?
「名寄警察署長の佐野と申します。この度は、大変でしたね」
いや、まぁ解決したことになってますから。特に問題はないです。怪我もしませんでしたし。
と、お互いの自己紹介を済ましたところで、質問タイムです。なんでも、彼女は昔、芳野家に仕えていて、荒川さんの同僚だったそうです。芳野さんの遊び相手をしていたそうですが……。優華さんといい、佐野さんといい、すごい教育体制ですね。
「佐野さん、今日ってお仕事ですか? それともプライベート?」
外村さん、いきなりすぎませんか? ……でも、荒川さんが警官が乗ってるって言ってましたけどもしかして……。
「ええ。荒川さんから連絡があったから慌てて予定キャンセルしてきたの」
え〜っと、まず、こういうのの管轄って鉄道警察隊じゃないんですかね? 詳しくないので分かりませんけど。
「だって暇なんだもん。こんな所では滅多に事件なんて起こらないし、久しぶりに起こったと思ったら、すぐに解決されてるんだから」
なんというか……すごい人ですね。ふと目をやると椿さんもため息ついてますし。
「でさ、燐ちゃん。ここであった事件ってなに?」
前島さんはもう「ちゃん」づけです。いくらなんでもなれ慣れしすぎませんか。まぁ、いつものことなんですけどね。
「え〜っと、事件の概要だよね? 今回の被害者は高井さん。60歳の男性で、名寄市在住。旭川で買い物を済ました後、名寄に戻る途中に殺害されたみたい。体には外傷もあったけど、一週間くらい前のものだったみたい」
さすがに、事件の概要を忘れてたりしなくて一安心です。
ポワーンとしてるから心配だったんですが。
「遺体が発見されたのは、列車内のトイレです。発見時にはトイレに鍵はかかっていませんでした」
まぁ、出られなくなりますよね。でもそれだけじゃ、自殺とも取れるんじゃ……。
「被害者はナイフで刺されていました。心臓を一突きです」
ためらい傷がなかったって事ですか?
「まぁ、それもあるわ。でも、もう1つ不思議な点があるのよ」
というと?
「ずばり指紋。ドアノブに誰の指紋も付いていないの。もし自殺なら被害者の指紋が残るのが自然じゃないかしら」
まぁ、自殺する前にわざわざ指紋を拭き取るというのは少し変ですね。遺体が見つかった時の詳しい様子はどうなんですか?
「なかなかトイレから出てこないってことで乗客2人と運転士さんでトイレに乗り込んだみたいなの」
う〜ん。そこだけを聞くと、出来の悪い推理小説とかでよくある「犯人が浅く刺した後、部屋から逃走、その後被害者が危険を感じて鍵をかけ、こじ開けた時に被害者に浅く刺さっていたナイフが押し込められて……」ってトリックは指紋の問題で無理ですね。まぁ、この手のトリックはドアが猛烈に凹んでしまうんで、ミステリで使うのはちょっと大変だと思うんですが……。
「そうなのよ。で、殺人事件だと思ったんだけど……」
といって佐野さんは黙り込んでしまいました。
「はーい。さのっちは誰が犯人だと思ってるんですか?」
外村さんはさのっちとか呼んでますけど……。まぁ、いいのかな?
「実は犯人は分かった! 筈よ……」
分かった筈っていうのは一体?
「いや〜、実は犯行現場にダイイングメッセージが残っていたのよ」
なんでも紙に鉛筆で
『大阪、津山、枕崎、川崎 西→東』
と書かれていたらしいです……。これがダイイングメッセージですね。
「犯人分かった?」
佐野さんは嬉しそうにこちらを見ています。単なる4つの地名の羅列にしか見えないんですけど……。
「まぁ、それだけじゃ分からないわね。じゃあ、そのときの容疑者一覧表をあげるわ」
といって佐野さんが渡した紙には、
『松岡保、中山竜太、与儀桜』
という3人の名前があります。
「なるほど。松岡が遅れたとか言ってたのはこの列車に乗ってたからか」
「いや、気づくの遅いから」
今度は、芳野さんと椿さんのコンビですか? まぁ、椿さんは誰にでもつっこめるオールラウンダーですけど。
「分かった! 犯人は松岡さんだ!」
突然、外村さんが叫びます。
まさかとは思いますが……。地名を西から順に並べて頭文字を取るとかじゃないですよね?
「ええ、そのまさかよ。ウチの連中は頭堅い馬鹿ばっかでさ〜。私がこの事件のことを知るまで誰一人気がつかないのよ。おかげで尾行すら出来なかったし」
というか、中山竜太ってさっきの……。
「そう。芳野さんの家で死んでいた人。そして、ウチの部下は彼にこの暗号を見せているわ」
ということは……。
「多分、彼は犯人が松岡だと見破った。その上で彼の居場所に乗り込んで殺された……というのが私の考えよ」
成る程…。しかし、ひとつ腑に落ちない点がありますけど……。
「そもそも被害者と松岡ってどんな関係なんですか?」
「うん。いい質問だわ、椿さん」
そういって何を思ったのか、佐野さんは窓の方を振り返って、
「誰か〜、座布団1枚持ってきて〜」
あれ? 座布団って……。地べたに座るつもりでしょうか?
「ここは笑点じゃありませんって。それに凛子も真に受けてどうするのよ」
椿さんのツッコミがどんどん切れ味を増して来ています。
「実は昔、松岡が被害者を騙したことがあるらしいの。結局そのせいで被害者の経営する会社は倒産したみたい。そのことで被害者は相当な恨みを持っていたそうよ」
ふふ、これで1つを除いて全て繋がりました。
残り1つは……推測することしかできませんね。



(続く……)