『坂井凛子の平凡な日常』 Ⅴ

「あ、あれ? あれは、鏡たん?」
前島さんが言うとおり椿さんが丁度峠を登ってきています。後ろにいるのは、松岡さんでしょうか?
「え? どこどこ?」
外村さんはまだ見つけられていないようです。
「ほら、ここから丁度真下だよ」
前島さんが指差した先には2人の姿があります。
「んじゃ、呼びかけてみるかい?」
「そだね」
2人が丁度呼びかけようとしていますけど……。それはまずいです。
「よく見てみてください。あの二人、様子が妙だとは思いませんか?」
「むう、確かに言われてみるとなんか変だね」
「僕もそう思うよ。なんか妙に二人の距離が近い気がするし、鏡たんが怯えているように見えるんだけど」
「実は、松岡さんはストーカーだった!」
いやいや、それはちょっと。空気読みましょうよ外村さん。
「いや、突然一目惚れしてさ。こう、道中で2人きりってシチュに耐えられなくなって襲ったとか?」
シチュってなんでしょう。シチューのことでしょうか?
まぁそれはともかく、一番心配なのは、椿さんが脅されているのではないか? ということです。
もしそうなら、あのちょっと不自然な様子も、近すぎる距離も説明がつきます。
考え過ぎかも知れません。松岡さんが怪我でもして、椿さんを頼っているのかも知れません。でも、もしそうでなかったとしたら……。
「とりあえずさ、隠れない?」
前島さんも同じような不安を持ったようです。確かに、道端には草むらもありますから、隠れていれば気づかれないでしょう。
「早く来ないかな? かな?」
外村さん、落ち着きましょう。二人の体勢が分からないことには、危なすぎます。
「落ち着きませんか? それなら、チロルチョコをどうぞ」
といいながら、私はクーラーボックスを開けてチロルチョコを取り出しました。
「ありがとう。凛子さん」
ふふふ、外村さん。これぐらいは当たり前ですよ。チロルチョコがあれば――
「あ、来た来た」
外村さんが言うので、いったんチロルチョコ的妄想を控えて草むらからそちらを見てみると、2人が見えてきました。やはり椿さんの様子が変です。どこか怯えています。
「どうする?」
外村さん、そんなの急に振らないで下さいよ。困りますって。
「……急いては事を仕損ずるって言いますから、ここは背後から一気に制圧する方向でどうでしょう?」
私はぱっと思いついた事を言ってみただけだったのですが、
「それじゃ、それでいこ」
という外村さんの賛同によりあっさり決まってしまいました。


みんなで息を潜めていると2人が目の前を通り過ぎていきました。気配を消しつつ――不自然な2人を見ていると、椿さんの背中にナイフが突きつけられているのが見えました。
「行くよ!」
と言って、木刀を持って芳野さんが飛び出し、思いっきりナイフめがけて振り下ろしました。
え? いきなりですか? 結構予想外です。あまりのことに私坂井凛子、動くことが出来ませんでした……。
「うっ」
木刀は正確に松岡さんの利き腕をぶっ叩き、ナイフを吹っ飛ばしました。
完全に奇襲を喰らった形になった松岡さんでしたが、すばやく体勢を立て直し芳野さんに襲い掛かろうとしています。
しかし、そこは前島さんが後頭部に飛び膝蹴りを喰らわせ――、松岡さんをぶっ飛ばします。傘を使えって言われていたはずなのですが……。
松岡さん、今度はある程度予測していたのか受身を取り、止めを刺しに来た外村さんに思いっきり殴りかかります。が、
ドスン。
あっさり投げ飛ばされてしまったようです。結局誰一人として傘使いませんでしたね。
「鏡たん、大丈夫だった? 怪我してない?」
外村さんが心配して声をかけます。
「うん、ありがとう」
どうやら椿さんも大丈夫だったみたいですし。作戦成功です。
「やい、観念しろ! 神妙にお縄につけ!」
と叫びながら出てきたのが芳野さん。どこから持ってきたのかのか知りませんが、縄で縛ろうとしています。
まぁ、多分ここから抵抗されても負けることはなさそうです。動きを見ている限りでは皆さん、私より強いみたいですし。
というか私何にもしていません。穴を掘る……のも恥ずかしいので、素直に隠れておきましょう。
? とうとうぶっ壊れてしまいましたかね?それとも乱闘で頭のネジが何本か外れたかもしれません。
ですが、
「く、くく、これは傑作だ。まさかこれほど面白い茶番を見せてくれるとは」
そう言う松岡さんはまだまだ余裕の表情を見せていました。もう得物を失っているのですから、少しは動揺するなり、悔しがるなりしてもいいと思うのですが……。それともとうとうぶっ壊れてしまいましたんでしょうか? それともはたまた乱闘で頭のネジが何本か外れたかもしれません。
「動くな! 動いたら撃つぞ!」
そう言った松岡の手に握られていたのは拳銃でした。その重量感を見ている限り、偽物ではなさそうです。
松岡が手に持っている拳銃はいわゆる自動式拳銃――オートあるいはオートマチックピストルなどとも言われますが――です。それ以上のことは、よく分かりません。
「こいつはトカレフだ! 弾は8発。君達の人数は4人。弾数は十分だよ」
妙に余裕ぶっていると思えば、この切り札の存在があってのことですか。
しかし――、こちらには最大のアドバンテージがあります。それは私です。松岡は私の存在に気づいていない。もう一回奇襲をかけて、拳銃を奪えば十分勝ち目があります。
「まったく屋敷までいく手間が省けたよ。あそこには弓矢とか手裏剣とか一杯置いてあるからね。万が一ってこともあったが、ここなら大丈夫だ」
余裕の表情で語る松岡さん。出て行ったことが却って勇み足になりましたか。まぁ、何も気づかないよりはずっとましでしょう。
「武器は崖下に投げたまえ」
仕方なくみなさん武器を投げます。このまま撃たれたりはしないよね。少し不安になります。
「だが、何故来たのかね? わざわざ死にに来るとは思っていなかったよ」
恐らく分かっているであろう事をあえて聞くのは……悪趣味なものです。
「今回の殺人事件の犯人はあなただ。という結論に至ったからです」
それに対し、外村さんが自分の推理を披露し始めました。
「そもそも、今回の事件の犯人は一人しかありえないんです」
松岡さんはじっと銃の狙いを定めつつ、話を聞いているようです。
「犯人を絞り込む上で、内部犯か外部犯かは大切な要素になります」
「まぁ、推理小説の王道といえば王道だろうね」
「しかし、残念ながら、少なくともあなた以外の人間は被害者のことを知りませんでした」
「それはそうだろうね」
相変わらず、一言一言が癪に障ります。言い方がすごく厭味に聞こえるのは……私だけではないようです。
「しかし、セキュリティーのしっかりしたあの別荘に被害者と犯人の両方が入るというのは明らかに無理があります」
「ああ、見事だ」
と大げさに言いながら、こっちに近づいてきました。まさか気づかれたでしょうか。
しかし、松岡は私のすぐ近くまで来た後、私に背を向け、外村さんに話の続きを促しました。
「ならば、犯人は内部犯ということになります。しかも、死亡推定時刻周辺の時間帯にはあなた以外の人間――すなわち私達ですが――は行動を共にしていました。私達がやっていないのであれば必然的に犯人はあなた、ということになります」
外村さんが犯人の名前を告げ、彼女の推理の中で最大の山場を迎えました。そのため、こころなしか一気に場に今まで以上の緊張感が走ります。
そんな空気を壊したのは例の気持ち悪い笑い声。頭のネジが何本か外れたような五月蠅い笑い声が、しんと静まりかえった山道に響き渡ります。
「ふ、ふふふ、ふはははは、はーはっはっ! そこまで言うんだったら、あの時計のトリックも分かったのだよね? 一応それなりには自信作なんだけどな」
「うっ……」
先程話し合った結論はここまでです。外村さんが詰まるのも仕方がありません。外村さんは悔しそうに唇を噛んでいます。
「おやおや、お手上げかい? もう少し楽しませてくれるのかと思ったよ。期待させておいて……。興醒めだよ、全く」
と言いながらお手上げのポーズ。格好は滑稽ですが、最後の一言は凄んできました。
ですが、相変わらず舞台の芝居のような大げさな動き。当然拳銃を持った手も大きく上がっています。これは隙ですよね、隙ありですよね。さあ、坂井凛子、一世一代の大勝負です。行きますよ!
「テイ!」
なんか変な叫び声が出ましたけど思いっきり、チロルチョコ入りのクーラーボックスを振り下ろしました。
バコッ。一気に仕留めるつもりで行ったのですが……。いかんせん、ほぼ丸1日分のチロルチョコはかなりの重量で、狙いがずれてしまいました。
残念ながら頭にはあたらなかったみたいです。でも、殴った衝撃で拳銃は下の方に落ちて行ったようです。……私のクーラーボックスと一緒に。ああ、私のチロルチョコよ、さようなら。フォーエバー、チロルチョコ……。
「チッ、まだ一人残っていたのか」
といいながら、松岡さんがポケットから取り出したのは……ナイフ!?
なんというミリタリーマニアっぷりでしょう。普通、ナイフ2本に拳銃一丁なんて携帯しませんよ。
しかし、これでは迂闊に動けません。
「で、トリックだが……」
松岡さんは余裕を取り戻したのか、話を戻し始めました。
「お化けだぞ〜!」
突然、外村さんと前島さんが叫び始めました。動揺すれば一気に得物を奪いに掛かるつもりでしょうか? しかし、
「ふん、そんな子供だましがこの俺様に通用すると思うか」
……松岡さんはお化け大丈夫みたいです。
というかお、俺様って……どんだけ〜。
それよりもお化け? 幽霊? え〜っと確か前も聞いた気が……。
そうそう、確か
「窓の外になんか白っぽい変な物が浮かんでたんだよ」
でしたよね? これはもしかすると……分かった? かな?
きっとこういうシーンって、ある人は「お前達のやっていることは全てマルっとスリっとゴッリッとズラっと、エブリシング・エブリバディ・エブリウェアーお見通しだ!」って叫んだり、突然数式と思しきものを所構わず書き殴ったりするのかも知れませんが……私にはそんな芸当はありません。なにより、秘密兵器のチロルチョコも投げ飛ばしちゃいましたし……。
「いや、別れはいつも突然で寂しいものだよ」
妙に哀愁の漂った口調で松岡さんは呟き、僅かに腰を下げて溜めを作って戦闘体制にはいります。
ここで思いつきを話さなければ問答無用で流血騒ぎになりそうです。物証がないのがネックですが、この際背に腹は変えられません。
「私がお話しましょう」
「え、凛子さんわかったの?」
外村さんが意外そうな顔をして訊ねてきました。
「ええ、多分、ですが」
「ほぅ、こっちが真打かな? 是非聞かせてもらう」
いい加減にしろと言いたい所ですが、いいでしょう。あくまで仮説ですが……。
「今回のトリックはずばり、どうやって私達と犯人が行動を共にしている間に時計を止めるか、というものです」
できればチロルチョコを食べてから喋りたかったのですが……。
「まず、時計が止まった原因。それは、電池が抜けたからでしょう」
ここら辺は多分問題ないはずです。
「ああ、それはそうだね。その通りだよ」
相変わらずの松岡さんを睨み付けつつ、推理を続けていく事にしましょう。
「では、どうして犯人のあなたが我々と行動を共にしている時に、電池が抜けたのか? それが問題になります」
「ああ、確かにその通りだとも」
答える松岡が随分と余裕なのが癪ですね。
「このトリックに必要なものは、ペットボトルかそれに類する容器、おもり、水量が調節できるコックつきのホース。他にはタコ糸、テープ。それと、水槽です」
ふう、と一息つきつつ、松岡の反応を見る。
特に顔色を変えることもなければ、口をはさむこともしない。
「あなたはまず、何らかの方法で被害者を呼び出して殺害します。そのあと、電池にタコ糸か何かを巻きつけて、テープで固定します」
「なるほど。そのタコ糸を引っ張れば電池が抜ける仕組みなんだね」
前島さんが微妙な空気に耐えかねたのか、聞き役に回ってくれました。
「ええ、前島さんの言うとおり、このトリックはいかにタコ糸を引っ張るか、がポイントになります」
「だが、普通に引っ張れば時計ごと引っ張られてしまうのではないかね?」
何もかも分かっているくせに白々しいです。なんかもう……堪忍袋の緒が切れそうです。
「あなたにしか本当のことは分かりませんが、あの床には様々なものが散らかっていました。その中でも重量のあるもの――例えば辞書とか――を何冊か並べて、引っ張っても時計が動かないようにしておいたのでしょう」
「いや、あの部屋には辞書は置いてないよ? それに、僕が見た限りじゃ、そんな重量のあるものはなかったよ」
と言ったのは芳野さん。
あらあら、私のしたことが説明不足でしたかね?
「ようは、時計がどこかで引っかかればいいんですよ。例えばその時、タコ糸を通した先の窓を電池だけが通る大きさにしておけばいいのです。そうすれば、最初はタコ糸が引っ張られれば時計ごと動きます。しかし、一定以上引っ張ると、時計の左右が引っかかって、それ以上は進みません。それ以上引っ張れば電池だけが抜け、その瞬間に時計は落ちます」
やったことがないから、出来る保障はありません。机上の空論かも知れませんが……。
「くく、なるほど。お見通しだったとはね。いや、感服するよ」
ろくに関心して無いくせに、感服した振りをされてもうれしくありません。
「だが、どうして分かったんだ? 一応これでも自信があったんだが」
誰が教えてやるものか、などと思いつつ、松岡さんが喋るのを待っていた。
「ふっ。まあいい。だが、それだけでは糸を引っ張るものがない。それはどうしたと言うんだい?」
今思ったのですが、こっちは5人。いくら丸腰とは言っても、死傷者が出ることを覚悟すれば、人海戦術でいけば多分、取り押さえられると思うのですが……。
「おや? そこはわからないのかい? そんな興醒めなことは許さないよ?」
一瞬だけ、本気の殺意を感じました。残念ながら、主導権が向こうにあることは明白なようです。
「それでは、続けましょう」
気を抜くと刺されかねないようです。皆さんも気づいたのか、警戒態勢のようですね。
「タコ糸のもう一方の先は、容器にテープで固定してあったはずです。その容器の蓋には一つ、穴が開いていて、その穴にはチューブが刺さっています。容器の中身は最初、からっぽです。そして、そこには錘がくっつけてありました」
気がつけば、お互いが視殺戦を繰り広げています。さすがの松岡さんも余裕がなくなってきたのか、先程までの小バカにした様な笑みや、癪に障るコメントもなくなってきました。
「そのチューブの反対側には、水槽があり、水槽の底の辺りまでチューブがあったのでしょう。この水槽は密閉する必要があります」
「どういうこと? 水槽を密閉するって?」
と松岡さんから目を離さずに訊いてきたのは椿さん。椿さんはすべて解っているのではないかと思っていましたが。
「水槽を密閉した上で、空気を送り込みます。すると、中の気圧が上がって、勝手にチューブを水が通っていきます。一度水が容器まで届けば、サイフォンの原理により息を吹き込まなくても水は容器に流れ続けます。水量はコックで調整しておけば良いでしょう」
多分ここが一番かっこいいとこだと思うんですが……。なんかすごい火花が散ってるように感じるんですけど。
「サイフォンの原理って言葉まで知ってるとはね。物知りなようだな」
あれ? さっきまでは緊迫していたのに、なんて呑気な感想なんですか!
「もうお解かりですよね? 容器は外に出しておけば、水が一定量貯った時にペットの重みで電池は抜けます。これならば、時間さえ計算して水量を調節しておけば、私達があなたと行動を共にしている間に時計の時間を止めることも可能です。あとは、落ちたペットボトルについていた、水槽につっこんであったチューブと、電池を電話線を直すという名目で回収すれば完璧です」
ふう。最後はエラリー・クイーンにならってQEDで締めても良かったのですが……。少しかっこつけてる感がありますし、かっこ悪い私には不釣合いな言葉でしょう。
「いや〜見事な推理だ。全く持って見事の一言に尽きるよ」
ふと、松岡さんから再び笑みが消え、例の凄みが戻ってくるや否や、椿さんの声が響きます。
「凛子さん、危ない!」
へっ?
「死ね!」
う、嘘……!
松岡が猛然と私に迫ってきます。どうしましょう、体が動きません。
ああ、私ここで死んじゃうのかな? 短い人生だったけど、わが人生に悔いなし! ――とはいえません。やっぱりもっとチロルチョコが食べたかったな……。新商品の栗ぜんざいってどんな味がするんでしょう……。
「あ〜もう、馬鹿!」
椿さんが思いっきり私の真横からつっこんできて私を逃がしてくれます。
というかそんなことをしたら椿さんが……。
びゅーん。ぐさっ。
平仮名で書くと迫力ありませんね……。かなり鋭い音がしたんですけど。
「うっ! ……くそ、誰だ、弓矢なんて使うやつは?」
あれれ、松岡さんがぶっ倒れてしまいました。急性心筋梗塞とかでしょうか? いや、足に刺さってるのは……矢ですよね? 誰が打ったんでしょう?
「はぁ……。まったく、妙にこの家に絡もうとするし、動きが怪しいからずっと見張っていたけど、まさかお嬢様の大切なご友人に手を出してくれるなんてね……」
そこに颯爽と現れたのは、すっごく美しい、女の人でした。でも、纏っているオーラとでも言いましょうか、数多の修羅場を潜り抜けてきた猛者であることを感じさせます。
というかすっごく恐いです。よく、美人が怒ると恐いと聞いたことがありますが……。多分、怒られたら腰抜けます。私。
「き、貴様は世話係の……」
「皆様、申し遅れました。私、由香お嬢様の世話係兼ボディーガードの桜井優華と申します」
「あれ? 優華ってお父様と一緒にロンドンに立ったんじゃなかったの?」
「申し訳ございません。お嬢様、そして皆様。この男の動きが不穏だったのであえて野放しにして様子を見ていたんです。さすがにここまでするとは予測していませんでしたから。せいぜい金庫の中身を荒らそうとして失敗するのが関の山だろうと思いまして」
って、金庫の中にいくら入っているのか知りませんけど、金庫を荒らすのもそんな軽いことではないと思うんですけど。
「先ほどのお話の証拠になりそうなものを見つけましたよ」
というなり、優華さんが見せて下さったのはペットボトルでした。そのペットにはチューブがついていて、底には錘が貼り付けてあり、タコ糸でくくられた電池もついていました。
「倉庫の中で発見しました。凛子さんの仮説の証拠になるかと」
すごい、この人。なんかもう手回しが完璧って感じです。本当、お手本にしたいですね。
「あ、そういえば先ほどは危ないところを助けていただきありがとうございました」
「いや、こちらこそ危ない目に遭わせてしまい、申し訳ございませんでした」
「弓、うまいんですね?」
「僕の教育係も兼ねてるからね。僕の剣道を仕込んでくれたのも優華なんだよ」
と、優華さんを紹介する時の芳野さんはすごく自慢げでした。きっと、彼女の誇りなのでしょう。
というか、文武両道・才色兼備ですね、優華さん。
「あと、これ。チロルチョコです。クーラーボックスの中のは、もう残念ながらぐちゃぐちゃになっていたので」
「あ、ありがとうございます」
手渡されたのは、小さい袋でした。中身は、保冷剤とチロルチョコです。
いや、緊張するとおなかが減ります。ホント、おいしいですからね。
……でも、いつの間にクーラーボックスをチェックしたんでしょう? 結構下まで転がってたから、取りに行っていたら私が刺されかけたのに間に合わないと思うんですけど……。
まぁ、チロルチョコに比べれば、些細なことですしいいですよね。


(続く……)