『坂井凛子の平凡な日常』 Ⅲ

はてさて、食事は終わりましたがお次はどうするんでしょうか?
「じゃあ、これからは自由時間ってことで!」
芳野さんはこう宣言したものの、外村さんが
「幽霊の正体を探ろうよ?」
と言い、
「うわ〜、面白そう!」
と前島さんがのって、
「鏡たんも恐くなかったら来るよね?」
と言われて
「あ、当たり前じゃない」
と乗せられて……。
……。やっぱり椿さんの足は少し震えてるように思えるのですが。
まぁ、全員でいたほうが仲良くもなれますし、肝試しも兼ねて楽しむことにしますか。


「やっぱり止めとけばよかった……」
椿さんはこっそりため息までついています。確かにこう――暗い上に周りは森だらけ、しかも妙に湿っぽい感じ雰囲気です。靄がでたと言うのも何となくわかります。結構不気味です。まぁ、いざとなれば外村さんも前島さんも強いので大丈夫だとは思いますけど……。
「そういえば、幽霊が出た時間って規則性あるの?」
何だかんだいって、やっぱり椿さんも気になっているようですね。
「う〜んと、特になかったけど。でも少なくとも発見してるのは全部僕だよ。最初は、両親がロンドンに行く3日くらい前だったかな?」
少しは前進しそうですけど……。やっぱり肝心の動機が見えてこないと、犯人の特定は難しそうですね。
そろそろ別荘をでて30分ぐらいは経ちました。やはりさすがは北海道。少し寒くなってきました。大体この時間は20℃くらいが平均的なんですが……。少し標高が高いのもあるでしょうけど、いつもよりやや寒いです。
「みなさーん」
「あれれ、松岡さん。どうしたんですか?」
「いや、そろそろ冷えてきたし、最近、熊の目撃情報もあるからそろそろ戻ってこないかなと思ってね。なんなら、僕が買ってきたおやつでも食べないかい?」
「うーん、まぁ確かにちょっと寒いし、みんなでお菓子食べながら騒ごうよ!」
まぁ、別に異存はありませんが……。一番恐がってた人が言うのは……。
と、その時――
「ウォー」
なんか今悲鳴みたいな声が聞こえてきませんでしたか? いえ、もちろん現実的な話として、「ウォー」なんて悲鳴をあげる人なんていないというツッコミをなさるのもありかもしれませんが、その辺はお察しくださいね。
「別荘の方からだ!」と松岡さん。
「みんな、急ぐよ!」
外村さんの号令の下、みんなで猛ダッシュする羽目に陥りました。これで、虫が出たとかだったら怒りますからね。
先頭を行くのは松岡さん。そこから少し遅れて2番手は外村さんと前島さん。すぐ後ろに椿さんと芳野さん。しんがりが私でした。……途中一回こけたのは内緒です。
先頭の松岡さんが玄関のドアを開け、中に入った、と思ったら、止まっているようです。まさか1階で何かあったでしょうか?
はぁ、はぁ、はぁ。ちょっと疲れました。
………………………………。
6人分です。
ここでリビングに死体が転がっていれば、叫びだすところなのですが……。
状況を説明しましょう。階段になぜか木製の本棚が横倒しになって通路を塞いでいます。このままでは通れません。
そういえば、エレベーターはどうしたのでしょうか?
「どうやら4階で止められてるみたいで降りてきません」
それなら、どけるよりしょうがないですね。でも、女子5人と男1人では、ちょっと心配ですけど……。
「ああ、もうまどろっこしいわ」
といいながら本棚の上を渡って、器用にこなしたのは前島さんと外村さん。あ、今松岡さんも越えました。ということは私達も渡らないといけませんね。
「ってまだあるの!?」
踊り場からの声を聞く限り、結構な数をこなさないといけなさそうですね。
「エレベーターが4階で止まっていたならそこが怪しいです!」
必至で叫びつつ、何とか椿さんと2人で一つ目の本棚をクリア。でもこの調子だと犯人に時間を与えることになりそうです。それは……少しまずい事態でしょう。もし犯人が逃走経路を用意していたら逃げられてしまいます。
突然、悲鳴が聞こえました。まさか犯人が残っていたのでしょうか? それとも、死体でも転がっていたとか……。
「あまり動かない方がいい。警察に連絡するからそれまでは動かないで」
「大丈夫ですか! しっかりしてください!」
どうやら後者のようです。せめて生きていてくれれば良いのですが……。
そうこう考えているうちに、ようやく現場にたどり着きました。疲れましたけど、それどころではありません。
「……。すでに息はないようだ。ナイフで心臓を一突きといったところか」
犯行現場は娯楽室。卓球台が何台か出ていて、ピンポン玉や、ラケット、時計に、ネットなどが入ったかごが散乱していて、かなりもみ合ったようだ。相当暴れたらしく、部屋はぐちゃぐちゃで、どうなっているのかよくわからない状況です。
「おい、ちょっとまずいことになった」
「どうしたのよ。人が一人死んでるのよ? それよりまずいことって何なのよ?」
椿さんも少し緊張気味です。
「電話線が切られた。警察に連絡がつかない。携帯は圏外だし」
……。全員の顔から血の気が引いた様な気がします。少なくとも私の寿命は2.6年分くらい縮まったかと。
この言葉に対して、芳野さんの反応は予想外でした。
「犯人を特定しましょう。せめて逃走ルートだけでも。犯人がもし建物の中で息を潜めているなんてことであれば危険です」
「しかし……」
「突然奇襲されたりしたらどうするんですか!」
「……。わかった。ただ、警察の捜査の邪魔にならないようにすること。遺体や部屋のものには触らないこと。いいかい?」
「わかりました」
「じゃあ、僕は電話線を直せないかやってみるから」
「はい、お願いします」


「さて、というわけで調べたい放題なんだけど――、この人誰?」
「え? 芳野さんの知り合いとかじゃないの?」
「こんなおっさん知らないわよ」
お父様でなくてなによりです。
「これ、犯行時刻じゃない?」
そういって椿さんが指したのは窓際に程近い床に落ちている時計でした。時間が止まっているのは電池が抜けているせいでしょう。その時計は7時半を指しています。
「えっと〜、私達が屋敷に戻った頃だね」
確かに前島さんが言うとおりです。私が悲鳴を聞いた時は、もうすぐ7時半だったのを確認しておいたので間違いなさそうです。
「でもさ、それが犯行時刻とはいえないんじゃないかな? 時計なんて、いくらでも時間は変えられると思うし」
「さっちゃん、それは残念ながら無理だとおもうよ。だって、それ電波時計だから。時間を変えるツマミはついてないよ」
う〜ん。確かに芳野さんの言うとおりみたいですね。壊れた時計をひっくり返してみましたが、ツマミはついてないですね。
「って、触っちゃダメでしょ」
おやおや、椿さん? こんなところではそんなこと言っていられませんよ? 一応ハンカチで触りましたから指紋は大丈夫ですし。
そういえば一応確認しておかないと。
「この時計って今日まではちゃんと動いていたんですよね?」
「ええ、今日のお昼に卓球台のセッティングをしたときに電池を換えて、動いている事も確認しました」
これで、電池切れの線も消えましたか……。
しかし――被害者すらわからないとは。困りました。さすがに死体に触ろうと思うほど勇気がある人もいないみたいです。まあ、なんかの拍子で司法解剖の時に邪魔になるような事があっては困りますし。
他に何か手がかりは落ちてないでしょうか? 色々散乱してますけど……
「あれ? そういえばここにホースがあったはずなんだけど……」
ホース? あの水をまいたりするのに使う、あのホースですよね?
「いや、この水槽に入ってたんだ。熱帯魚に空気を送るために。え〜っと、エアーポンプは――。あ、あったあった。もみ合ってる最中に引っかかってどこかに飛んでいったのかな」
なるほど。金魚を飼ったりする時にお世話になる、小さいホースですね。
水槽をよく見てみると、コケが、上の方まで付いていて、水面より上まで付いています。
というか、一番上の蓋にまで付いていますよ?
しかも、ホース一本分を通す隙間以外、一切穴が開いていません。ホースを通しやすいようにつけられている筈の隙間は、左右一本分ずつを除いて綺麗にテープで塞がれていました。
「あれ? こっちの穴って何に使うんだろ?」
どうやら、芳野さんも知らないようです。
「うわ、寒」
少しだけ――丁度5〜6cmくらいでしょうか……、開いていた窓から強い風が吹き込んできました。北海道では冷房がないので、暑いときは窓を開けておくそうですから、そのままになっていたのでしょう。
「本当だね。閉めようか?」
と芳野さん。
「いや、もしかしたらここが犯人の逃走経路かも」
「幸子。いくらなんでも、3階から飛び降りるなんて自殺行為でしょ。足を怪我すると思うし、そうしたら動けなくなるわよ」
「むう。確かに」
確かに椿さんの言うとおりです。いくらホースでも、4mくらいがせいぜいでしょうし、人間の体重で引っ張っては裂けるでしょうから、命綱にすらならないですね。


「ねえねえ、卓球しない?」
……色々と考えている中で突然変なコメントが聞こえたような気がします。
私の耳には「ねえねえ、卓球しない?」と言い出したように聞こえたのですが。
これが、冒頭のシーンに繋がっていたわけです。
以上、回想終了です。ここからはリアルタイムで進んでいきます。
まぁ、卓球の件はよくわからない冗談なんでしょうけど、犯人の方は検討もつきません。
残念ながら犯人についての結論は出ず、みんなで固まって、鍵をかけて寝ることになりました。
「おやすみなさ〜い」
皆さん長旅でお疲れの上に、こんなことまであっては、夜に遊ぶということは頭にないみたいです。
まぁ、当然です。あんな事件のあと、しかも内部犯の可能性もあります。犯人がまだ家に潜んでいる可能性すらあるのですから。
あれから、一通り本棚を片付け、みんなで部屋を一つ一つ見てまわったのですが、犯人は見つかりませんでした。それでも、どこかに隠れたり、隙を見て移動することは容易だったでしょうから、油断はできません。
少しおなかが減ってきました。クーラーボックスから出したチロルチョコ――甘いものは疲れた脳にいいといいますから――を食べて、エネルギー補給です。
でも、犯人は一体誰なんでしょうか? しかも、部屋から色々無くなってるし。隠れてるだけならわかりやすいんですが……。すべては明日、松岡さんが隣の家――といっても山の下にある家ですが――まで行って、連絡するのを待ちましょう。
まさか靄が大雨になって、迂闊に身動きが取れなくなるなんて思いもしませんでしたけど。



(続く……)