『坂井凛子の平凡な日常』 Ⅱ

ここからは電車と飛行機を乗り継いで、旭川空港を経由して名寄に行くわけですが、当然すごく時間が余るわけで……。
「じゃあ、何やる? トランプ? 花札? それともしりとりとか?」
そう言いながら、外村さんが鞄の中をゴソゴソし始めました。なんか一杯持ってきていますね。他にも色々入っている気配ですが……。
「じゃあ、しりとりの“り”からいくわよ!」
あれ? 外村さんのことは無視なんですか、前島さん……。
「って幸子無視かよ!」
椿さんも私と同じ事を思ったようです。椿さんのツッコミももっともかと思ったのですが――。
「林檎」
椿さんのツッコミはあえなくスルーされました。
「ゴリラ」
あれ? その外村さんが乗ってますけど……。
「それがさっちゃんクオリティ」
椿さん。何なんですかその投げやりな解説は。
「ラッパ」
「次、凛子さんだよ?」
え、椿さんまで乗るの!?
ぱ、ですか? ぱ、ぱ……。
「パンダさん!」
「早っ!」
……。いや、面目ありません。
「続けるわよ! パンダ」
前島さんはあくまでも続けるおつもりのようです。
「団子」
ごぼう
「浮き輪」
「綿」
う〜ん、しりとりって見ている側って結構暇ですね。ちょっと寝ようかな? 朝も早かった事ですし。
「蛸」
「鯉」
「烏賊」
「カラス」
なんか動物がたくさん出てきていますね……。
「スイカ
「カレー」
レトルトカレー
「レモンソーダ
大根おろし
鹿せんべい
……おいしそうです。……でも眠たいです。くぅ〜。
「医者」
「藪医者」
「やきいも屋」
「やかん屋」
……「や」ばっかりですね……zzz。
野洲
「吹田」
多度津
「津」
「津山」
「松山」
舞鶴
「留萌」
糸魚川
稚内
……地名が……並んでますぅ〜。


「お〜い!起きろ〜! 凛ちゃん」
「起きないと置いていくわよ!」
……気がついたら空港に着いたみたいです。早く行かないとおいていかれる……。
「ちょっと、そっちは国際線だよ。凛子大丈夫?」
「す、すいません」
というか私、飛行機に乗るのは初めてでして。その、緊張しすぎて眠気が……。
飛行機の中では、
「じゃあ、次は大富豪ね」
という外村さんの提案で大富豪に決定しまして……。
「よ〜し、頑張るぞ〜!」
「負けないからね」
ということで大富豪が始まったものの……。いかんせん眠たいです。しかも皆さん、強すぎます! いくらなんでもいきなり革命して、その革命を返したのにもう一回革命するなんて……。半分くらい寝かかっている私に勝ち目無いじゃないですか。
他にも7渡しでジョーカーを渡されたり、10捨てで2を3枚も捨てて上がったり……。もうだめです。ぐれました。というわけで寝させていただきますね。いや、何度も強調して悪いですけど、朝が早かったもので。
そういえば途中、
異議あり!」
だとか
「嘘だっ!」
といった声が聞こえていたような気もするのですが、あれは何だったのでしょう? いや私も夢の中でチロルチョコに囲まれていたので自信がありませんけどね。
気づいたら飛行機は空港に着いたところでした。ここからはバスで駅まで行って、そこからは列車です。
「へぇー。こっちはやっぱり涼しいのね」
椿さんは感心してますけど、名寄の7月の平均最高気温は26,3℃。一方京都は29.0℃ですから約3℃違うわけです。
「え〜と、次のバスは13:30分発だね。あと5分の間暇、ということで、凛子さんの寝顔をみんなに公開しましょう」
え? ちょ、外村さん、それはひどいです。いつのまたしに私、寝顔なんか撮られたんでしょう。
「いや〜。凛ちゃんったらさ、傑作だよ。写真撮ってたらいきなりチロルチョコとか言い出したんだもん」
うう。寝ている間の私はそんなお恥ずかしいことを。というか前島さんまで。そんなに大きい声で言わないで下さい。恥ずかしいですよ……。
「おいおい。2人ともいい加減にしろ。このままだとなんかその……、凛子が壊れそうだ」
椿さんはやっぱり優しい人です。でも……、恥ずかしいです。
昔の人は言いました。穴があったら入りたいと。でも、もし穴がなければどうするか? 答えは一つ。なければ掘ればいいんです、穴。というわけで……。
「……。凛ちゃん? あの〜地面を掘って何がしたいのかな?」
うう、よく考えればこのくだり、事件と何の関係もないじゃないですか! これ以上は恥ずかしいので省略します。


所変わってバスの中。
「じゃあ、今度はババ抜き!」
「わ〜い!」
外村さんがカードを切って、配り始めました。え〜っと、手札、手札っと。
……今日の私は疫病神にでも取り付かれましたか?
手札にあるのは大富豪の時に来て欲しかったあのカード。まぁ、これからですよね?
「う〜ん。誰がジョーカー持ってるのかな? ねえ凛子さん、どう思う?」
外村さん! そういう腹の探り合いはよしましょうよ……。
「いや、そ、そんな私のわけないじゃないですか……」
「凛子、分かり易すぎるわよ。そのうち誰かにだまされるような気が……」
椿さんにまで言われてしまった……。
しかも、なんでみんな器用にジョーカーをかわすんですか? どこかの村の部活みたいにカードの傷で何のカードか分かるわけじゃないよね!
気づいたら残っているのは前島さんと私。もしかして……またビリの危機ですか!?
だめだめ。落ち着かないと。クールになりなさい、坂井凛子! え〜っと、いんいちが1、いんにが2、いんさんが3、ひつじが4匹、チロルチョコが5個……じゃなくて。
状況を分析してみましょう。私のカードはハートのエースとジョーカー。前島さんは残り一枚。次に引くのは私……。あれ、実はもうすでに負け確定?
「凛ちゃん、引きなよ?」
前島さんはすっごくうれしそうな100ワットの笑み。うう、また負けてしまいました。
「次は旭川駅前、旭川駅前」
「3人とも、早く降りるわよ」
「はーい!」


旭川駅から名寄行きの鈍行で約2時間弱の旅です。
「今度は何する?」
ふふふ。トランプの借りはトランプで返すまでです。
「あちゃ〜、凛子のネジが何本か飛んで行ったみたいね」
椿さん、多分何十本単位で吹っ飛びましたよ。
「じゃあ、もう一回大富豪!」
ふふ、望むところです。
言いだしっぺの外村さんがみんなにカードを配って勝負開始です。
「じゃあ、凛子さんからどうぞ」
一時間後……。
「凛子さんってこんなに強かったんだ……」
戦場に残ったのは、勝ち誇った私の顔とボコボコにされたみなさんの顔でした。
「というかどうしてこんなに強くなったんだ?」
椿さんのもっともな疑問をスルーしつつ、私は皆さんを一通りボコボコにした事で満足して寝ました。もういいです。まぁ、ヒントは……睡眠時間ということで。


「ふう、やっとついたー」
確かに、前島さんの言うとおりです。もう4時を回っていますから……かれこれ8時間ですか。結構な長旅だったみたいですね。殆ど覚えていませんが。
「やあ。いらっしゃい」
どうやらこの人が別荘の所有者のようです。
「僕は芳野由香です。え〜と、あなたが凛ちゃん?」
……どうしてわかったんでしょうか? 他のみなさんもきちんと当てられるあたり、前島さんが写真でも送ったのでしょうか?
あと、外村さんが「うわ〜、ボクっ娘だ」とか言っていましたけど何なのでしょうか?
なんでも、ご両親は数日前から急用でロンドンだそうです。お世話になる身としてはご挨拶しておきたかったのですが。
一通り自己紹介が終わったところで、別荘の案内をしていただきました。入り口には、当然と言わんばかりに、警備会社のステッカーが貼ってありました。まあ、お城という程では無いにせよ、大きい別荘です。ここで私に絵心があれば、地図でも書くところですが、多分建物にすら見えなくなること必至なので控えることにします。
まあ、大雑把に言うなら1階は駐車場、2階に客間と食堂、3階に皆の寝室、4階に娯楽室という豪華な建物です。しかも、階段には本棚までありますし。というか、見ず知らずの私達がこんなところに来ていいんでしょうか?
「じゃあ、ここで交流も兼ねて遊ばない? どうかな? ゆかたん」
ゆかたんって……。
「半島ですか?」と私。
「声優さん?」と外村さん。
「お前ら自重しろよ……」と椿さん。
まぁ、それはともかく前島さんの提案は悪くないと思いますよ。
「僕としては、その前にあの話をしておきたいので……」
あの話? 何のことでしょうか?
「実は皆さんに相談したいことがあるんです。僕が今回、皆さんをご招待したのも、相談に乗ってくれる人かな? と思ったからなんです」
はあ、相談事ですか。こういう裏があったんですね。まあ、せっかく泊めてくださるのですから、それくらいは聞いてあげるべきでしょうね。
「実は、この家出るんです」
といわれましても……。何がですか?
「凛子さん鈍いよ。こういう後に続くのはさ〜」
外村さんと前島さんが呼吸を合わせて
「幽霊! うん、それしかない」
はぁ。そんなものなんでしょうか。
って、幽霊ですか! 恐いです。でも、そんなの本当にいるんですか?
なんというか部屋の温度が下がった気が……。外を見ると、雲が空を覆っていますし。
……? 横でなんか震えてる人がいる気もするんですけど……。
「あれ〜幽霊が恐いのかな? 鏡たんは」
「そ、そんなわけないでしょ。べ、別に私は、その、平気よ」
どっから見ても恐がってますよ、椿さん。私以上に恐がっていますよね?
まあそれはいいとして幽霊です。どうやって除霊しましょう。なんか唱えればいいんでしょうか? 巫女服きて般若心経でも唱えればいいでしょうか? ぜんぜん違う宗教の気がしますけど。
でも、どうして、その、幽霊がでたと思うのですか?
「いや、それがね……。ここ数日の話なんだけどね、夜中にガサゴソって物音がしたり、あるとき突然電気が消たこともあったの」
「でも、それだけでは幽霊と断定するのはちょっと……」
幽霊じゃないと思ったのか、椿さんもいつの間にか震えが止まったみたいですね。
「それだけなら僕も偶然とかで済ませたよ。でも、ある日の夜、僕が目を覚ました時にふと外を見たらさ……」
うう、こういうところでちょっと間を空けるなんてひどいです。
「窓の外になんか白っぽい変な物が浮かんでたんだよ。しかも3階だよ」
「ベランダに立ってたとか、見間違いとかじゃないんだよね〜♪」
前島さん!? なんで元気そうなんですか? 8分音符まで装備しちゃってます。
「もちのろんだよ! 窓の外に人が立ってられるようなスペースはないもん。しかも写真も撮ってあるし」
でもその写真って言うのも……。なんと言うか怪しいです。白っぽい物が写ってはいますが、何かがあるってだけで、幽霊というわけではない気がします。というか、多分、なにかの小細工に過ぎないでしょう。
ですが、何のためにそんな事をしたのでしょうか?
場を盛り上げるためのサプライズ……、という可能性もありますが、それなら真昼間……、とまで行かないまでもまだ日が沈まぬうちにやるよりは、夜にやった方が効果は高いように思えます。この時間帯から何かを企んでいるといった、今じゃないとダメという事も考えられますが、遊ぼうという客からの要望をわざわざ遮ってまでするおもてなしではないように感じます。
とすれば、それ以外の何らかの目的でそんな小細工をした人物がいる――という事になります。これは……、幽霊よりも興味深いかも知れませんね。
「その時の状況を詳しく――特に部屋の外の方です。どんな様子でした?」
「お! 凛子さんが本領発揮か?」
外村さん、楽しそうですね……。
「僕も見たあとびっくりして外に出たんだけど、その時はちょっと靄がかかってた。何とか出た地点の真下までたどり着いたけど、別に足跡とかそういう痕跡も特になかったんだ」
なるほど、そういうことですか。何となく合点はいきましたが――、動機が不明ですね。いったい何のためなんでしょう?
「ということだから気をつけてね」
「はーい!」
もしかすると芳野さんの思っているのとは違うものに注意することになるかもしれませんね。
「やあ、こんにちは」
「あ、これはどうも」
「由香さんのお友達かな? 楽しんでくださいな」
「この人は僕の別荘のハウスキーパーをしてくださっている松岡さん」
「松岡です」
この松岡さん、年齢は30歳ぐらいでしょうか? 材料の買い出しなのか大きな袋をぶら下げています。まあ結構かっこいいんだろうと思いますが……。
「あれ? というか今来たんだよね? 確かもう少し早く来るって言ってなかったっけ?」
「いや、何でも殺人事件があったとかで、少し動けなくなってしまって」
「へぇ〜」
ちょっと列車がずれたら巻き込まれるところでしたね。犯人は捕まったのでしょうか?
「いや〜。それがまだらしくてさ、それで足止め喰ったんだ」
なるほど。
「みんな〜、そろそろご飯にしない?」
芳野さんが私達を呼んでいるようです
現在時刻は5時。ですが、お昼は結局食べていないので……。
「食べる〜!」
そんなわけで、5人で晩御飯をおいしく頂きました。強いて言うなら……チロルチョコは出てきませんでした。
うう、坂井凛子一生の不覚です……。


(続く……)