『坂井凛子の平凡な日常』 Ⅰ

ある夏の日、北海道のとある別荘ではこんな会話が展開されていた。
「ねえねえ、卓球しない?」
「卓球……ですか?」
「そう、卓球。どうかな?」
「いや、その、私は……」
「よーし!特に異議もないみたいだし……やるわよ!」
恐らく普通の人が聞いてもさほど変には感じないのでしょう。ですが……今の私からすると「この人、いったい何を言っているのでしょう?」としか感じられません。
卓球はあくまでも、球技大会なり、部活動なり、体育の時間にやるのなら、大いに歓迎……するかどうかは人それぞれでしょうけど、まぁ普通だといえるでしょう。
ですが、やっぱり時と場合を選ぶべきなわけで……。私の今まで大体15,6年間の経験を振り返って、照らし合わせてみても、卓球を、殺人の犯行現場で、事件発生から30分と経たないうちにやるというのはありえないと思うのですが……。
あ、そう言えば自己紹介がまだでした。私は坂井凛子といいます。趣味は読書とチロルチョコを食べることです。好きな食べ物は無論、チロルチョコです。チロルチョコがあれば人生バラ(ry
すいません。私のしたことが……。つい取り乱してしまいました。
そういえば、他の人も紹介しないといけませんね。
ではまず、さっき信じられないことを言っていた人。彼女は外村幸子さんです。出会った時からそのフランクな人だな〜とは思っていました。しかもすごく積極的で、元気な人です。今までも何度かちょっと変わったことをする人だとは思っていましたが、まさかこれほどとは……。
「さっちゃん。そんなこと言ったら本気にしちゃう娘がいるか止めときなよ」
「ごめんごめん。まさか本気にされるなんて思わなくてさ」
……もしかして冗談? 確かに言われてみればそんな事、実際にする訳ないですよね。
先ほどフォローしてくださったのは、前島里香さんです。彼女はすごく元気で、皆を明るくする才能を持っている人です。でも行動は常識的(たまに悪ふざけしますけど)ですし、そこまで積極的でもないように思います。確か家はすごく大きな和風の家で、お金持ちだそうですがそんな事は微塵もひけらかさない人です。
「ちょっと、冗談言ってる場合じゃないでしょう。人が一人死んでいるのよ」
今のは、椿鏡子さん。主にツッコミ担当の人です。言葉はきついこともありますが、優しい人です。私達の中では一番の常識人ではないでしょうか。え〜と確か外村さんが「ツンデレ」とか言っていましたけど、何のことなのでしょうか? 本人は「べ、別にそんなんじゃないわよ。ふん」とか言っていましたが。
読者の皆様に経緯を説明するためにも、そろそろ少し今までのことを思い出して見ましょうか。そうですね……。まずは、昨日の夕方にかかってきた1本の電話から始めましょう。


それは、ある晴れた日の事でした。
私が丁度、夏休みの宿題を片付けようと、暑い部屋で山のような宿題と格闘していた時、普段滅多に使わない携帯電話が唸り始めました。
正直なところ、せっかく宿題がはかどっている最中だったので無視しようかとも思いましたが、かけてきたのが外村さんでは、出ないと後で何か言われそうなので出る事にしました。
「もしもし。坂井ですが。外村さんですか?」
「ああ、凛子さん? 突然だけど、明日から旅行行かない?」
……随分急なお話ですね。この間チロルチョコを買った時に送った懸賞でも当たったんでしょうか。それとも、旅行会社の人を脅して無理矢理他人の予約を押しのけたのでしょうか。いくら外村さんが破天荒だと言ってもそれはさすがにないと思うのですが。
「いやなんでもさ、里香たんの友達が『別荘に遊びに来ないか?』っていったらしいんだ」
はあ、まぁそれは前島さんお一人を想定されているのではないでしょうか?
「で、私達もお邪魔しようかな〜と思ってるんだけど」
お話を聞く限りでは、単に外村さんが誤解しているだけなのではないかと思うのですが。
「そんなの心配のし過ぎだよ。凛子さんは心配性だからね〜」
いや、その、杞憂ならいいんですけど……。でも、杞憂に終わる確率は明日家が雪で埋もれるのと同じくらいの確率に思えてしまうのですが。
「きっと、ロシアあたりなら降ってもおかしくないって」
「そうそう。向こうにはもう言ってあるし、と言うか提案してきたのは向こうだからね。いまさら取り消しは利かないよ! というか私が認めないもん」
この声は……前島さん!? でも、いくら先方がいいと言っても見ず知らずの私達がお邪魔するのは気が引けるのですが……。
「いや〜ほんとに心配性って言うか、遠慮の固まりだね、凛ちゃんは。大丈夫、大丈夫。私にた〜んと任せなさい」
はぁ。前島さんがそこまで言うのなら……。でも、そうだとすると準備が大変ですね。え〜っと、クーラーボックスは押入れの中でしたっけ?
「じゃあ、そういうことで明日ね、ばいば〜い」
「あっ、それでは失礼します」
と私が電話を切ろうとすると、
「いやぁ〜凛ちゃんすごいね。私たちはどこに行くとかいつ集合とか伝えてないのに、わかるんだね〜。もしかしてテレパシーとか?」
そういえば……忘れていました。
「お〜出た、凛子さんの天然。夏休みに入ってからは中々お目にかかれなかったもんね」
うう。外村さんも、前島さんもひどいです。私をいじめないで下さい。
「ごめん、ごめん。つい、ね。んで、集合はいつもの喫茶店の前に8:30だから。行くのは名寄市……だっけ?」
名寄市ですか。確か北海道の真ん中やや北ぐらいにある都市で、人口は3万人くらいだったでしょうか?少し自信がありません。
「さすがは凛ちゃん!よ〜く知ってるね。さすがは事典とかを毎日読んでるだけあるよ」
いや、そんなお恥ずかしい。少し地図帳で昔見たことを思い出しただけですよ。
「普通はそんな物見向きもしないじゃん。授業中は寝てるしさ」
外村さん……、授業はちゃんと聞きましょうよ。まぁ、その割に常に試験では学年トップ10の常連っていうのはすごいと思いますけど。
「じゃあ、そういうことで今度こそ、ばいばい」
「はい。失礼します」
電話の受話器を下ろすと、外が暗くなっていました。もうすぐ夕立のようです。
そうと決まれば持ち物を用意する必要がありますね。それにチロルチョコとクーラーボックスを持っていかないと。
あれ? そういえば何泊なんでしょう? 聞くの忘れました……。


翌日。
結局何泊かわからなかったので、2泊分のチロルチョコと荷物を持っていく事にしました。
集合場所に行くとそこには……。
「何で……誰もいないのですか……」
集合時間は8:30。場所は駅前。現在時刻、8:25。あと5分ですよ……ね?
あれ? そういえば集合場所って喫茶店でしたっけ?
やばいです。頑張って走ったら間に合うでしょうか? ああ、また皆さんにご迷惑をおかけしまいます。ごめんなさい。外村さん、前島さん。
あれ? でも、いつもの喫茶店って駅前のここですよ……ね?
今回の集合場所は駅前の広場から徒歩30秒、というか道を渡るだけです。つまりまだ誰も……。
「お〜す。まだ凛子だけか?あいつ自分から誘っといて遅れるつもりか? まったく」
あ、鏡子さん。あれ? 鏡子さんも一緒に行くんですか?
「うん。……というか幸子から聞かなかった?」
「いや、まぁいろいろありまして……」
「そうね……何となく分かる気がするわ」
「いや〜皆さんおそろいだね! そろいもそろってそろい踏みだよ!」
ま、前島さん……。言葉の使い方が少し違う気が……。そろいもしょろってしょろいひゅ――噛みました。そろいもそろってそろい踏みって……。
「いや、凛子そこじゃなくて……。里香も一人忘れてるって」
あ、そういえばそうですね。
「いや〜鏡たんのツッコミも相変わらずの切れだね」
そ、外村さん!? いつの間に現れたんですか。というか気配消すのは止めてくださいって。
「あ、いたんだ。っていうか鏡たんていうな!」
「いや、そういうとこがいいんだよね。鏡たんは」
「はぁ……」
もはやツッコむ気力すらない と言ったところでしょうか。なら、私が変わりに……。
「あれ?凛子さん。そのクーラーボックス何?」
ああ、チロルチョコのクーラーボックスのことですか?これ重いんですよ。
「マジで……」
別に容量13ℓ、小さめのクーラーボックスの中身が全部チロルチョコというわけではありませんよ。まあ、念のため2日分のチロルチョコと飲料水と保冷剤を入れておきましたが。いざとなれば現地調達できる場所も確認済みですよ。
私坂井凛子の辞書に「チロルチョコ」以外の文字はないのですよ。


(続く……)