『In Order』 五章

第五章 
終わりの終わりは
やっぱり終わり


Scene1 Side:N
 事件解決から一月半が経ち、夏休みが終わった。
 ようやく早峰さんの笑顔が見ることができるかな期待していた俺だが、結局見ることはできなかった。
 何故なら早峰さんが引っ越してしまったからだ。しかも、海外に。突然と。
「なあ、N,早峰さんはいったいどうして引っ越してしまったんだ?」
 そう聞いてきたのは五樹だった。もちろん、事情はだいたいわかるが、俺は答えなかった。なんせ俺自身が相当ショックだし。
「確かに不思議だよね。聞くところによると昨日急に本人から先生に電話が掛かってきたんだって。先生も相当びっくりだったらしいよ」
そう言ったのは歌野だった。そうか、早峰さんが引っ越しを決断したのは昨日だったのか……。なんで昨日お見舞いに行ってやらなかったんだろな、俺。そうすれば少しでも事件の傷を癒すことができたのかも知れないのに……。
「だがね、N君。聞くところによると、君は少し事情を知っているのではないのかな?」
いろんな意味で、寒気がした……。どっからそんな情報仕入れてくるんだ、岡田は。
「なぜならね、夏休み前君とBMISくんは早峰さんとしょっちゅう会っていたみたいじゃないか。そしてその後、急な小津井ちいさんの自殺がある。つまり、これらの結果を合わせて考えると……」
「合わせて考えると?」
みんなの声が重なる。
「ズバリ、小津井さんを自殺に追いやったのは君たち探偵部の二人と早峰さんだ!」
はあ?
「そう、探偵部の二人は早峰さんにとうとう告白した。そしてそれを受けて、早峰さんは君たちのどちらかと付き合いだしたんだ。察するにBMIS君のほうだね」
何でやねん! 二つの意味で。
「だがそこで亀裂が走ったのだよ、小津井さんとの友情にね。早峰さんはBMIS君にかかり切りになってしまたわけだよ。そして、悩みに悩んだ末、小津井さんは自殺した。そうだろう、N君。謎は全て解けた!」
…………。なんて言うか絶句の一言である。よくもまあ、そこまで妄想に走れるもんだ。
見るとみんなもあきれ顔――って、え?
「なんで、納得顔になっとんねん!」
思わず、そしていつも通りに普通に突っ込んでしまった。
「はは、冗談だって、N。こいつの話はいつも話半分で聞いてるから」
五樹がフォローする。そんなとき話半分で聞かれている奴は、
「おのれーBMIS君め。とうとう僕の『ヴィーナス』を奪いやがったな! 恋の恨みは大きいぞ〜」
とか何とか痛いことを話し始めた。とりあえず全員で無視する。
「そういえばさ、このクラスの文化祭企画委員って早峰さんだったよね……」
そう言ったのは歌野だった。そう言えばそうだな。確か夏休み前は真っ先に立候補して、率先して俺たちを導いてきてくれたはずだ。
「そうだな〜、これは一波乱ありそうだな」
五樹はあくまで気楽そうだ。
この状況だと、僕たちの文化祭はくだらないものになってしまうな……。
と、その時、ふと、視界にBMISの座席が目に入った。
そこで、意外なものを見た。BMISの鞄である。
確か、いつもの通りだと、BMISはまだ登校していないはず。
どこかにいるんだろうか?
「わるい、ちょっと席はずすわ」
そう言って俺はあいつを探すことにした。



Scene2 Side:BMI
晴れ渡る青い空。空が遠くなってきたことから、秋が感じられた。
ここは学校の屋上である。
別にここにいる意味はないのだが、なんとなく理由もなくここに来てみた。
結局早峰さんは、逃亡することに決めたようだ。まあ妥当な判断だろう。自殺なんてされたらそれこそ早峰さんを軽蔑していたところだ。
そう、結局、
何が善で何が悪なのか。
何が光で何が闇なのか。
何が正で何が反なのか。
何が真で何が偽なのか。
きっと答えなんて出ないのだろう。人を殺すなんてそんなものだ。
人を殺すのは? 友達のために人を殺すのは? 世界を救うために人を殺すのは? 戦争で人を殺すのは? 動物が人を殺すのは? 災害が人を殺すのは?
これらの問に、それぞれが、それぞれに、それぞれの意見を持っているのだろう。
結局はそう言うこと。人それぞれ。選択の問題。それ以上でも以下でもない。
でも僕はそこでこう問う。
あなたの価値観は本当に正しいのか?
もちろんこのことは僕にも言えるだろう。殺人を悪と見なし、彼女を残酷なまでに孤独に追いやった僕の価値観が果たして正しいのだろうか。また殺人を肯定し、自然に、汚れた感情なく人を殺していく彼女は間違っていたのだろうか。
この問は無限に螺旋し、ループする。
こんなのを考えていてもただ自分が苦しいだけ。
だから――
「おーい、BMIS。そこでなにやっとんのや?」
ふと、そう言う声が聞こえた。振り返ると、予想通りだがNがいた。
「やあ、N。久しぶりだね。あの事件以来かな?」
「何改まって挨拶しとんねん。そんなことよりもやな、何で朝早くからこんな所におるんや?」
「いや、特に理由はないよ」
「何やそれ」
「まあ、強いてあげるなら、『屋上に行ってみたかった』だけどね」
そういうと、Nはハハと笑って
「へえ〜、BMISにもそんな子供っぽいところがあるんやな」
…………。なんか解釈が間違っている気がするが。まあいいか、いつものことだし。
「それよりもやな、BMIS,大変やで」
「何が?」
どうせNのこことだしどうでも良いことかも知れないが、一応聞くことにした。
「それがやな、早峰さんが引っ越してしまったんや」
僕は即答した。
「知ってる」
Nは沈黙する。
「な〜んや、知っとったんか。でもな、」
Nは続ける
「まだ大変なことがあってやね」
「何?」
「聞いて驚くなよ〜」
「大丈夫、聞いて驚いたことなんてないから」
もちろん嘘だけど。
「…………。確かにお前やったらそうかもしれんな」
なんか信じられてしまった。
「でやね、大変なことって言うのはやな。早峰さんが引っ越したせいで俺らの文化祭企画委員がいなくなてしまたんや。そやから今年の文化祭は――」
なるほどね、そういうことか。まあ、それくらいだったらやってあげようかな。僕がもはや「一般人」でなくなるのは十月からだ。それまでは、自称「一般人」として、最後に何か思い出を残しておくのも良いかもしれないな。
ふと、そう思った。必然にしろ偶然にしろそう思ってしまったものはしょうがない。だから僕はNにこう言ってやった。
「N,文化祭企画委員は僕がやるよ」
そう言って返ってきた返答は一文字だった。
「は?」
そうたったそれだけ。
「もう二度も言わないからね。それじゃ」
そう言って僕は屋上から去っていった。
後ろからNの叫び声が聞こえる。
「おい、ちょっと、BMIS! それどういうことやねん。ちゃんと説明せい! って、こら、どこいくねん!」
自称「探偵」と自称「一般人」の幕が閉じようとしていた……。



<FIN>