『In Order』 三章

第三章
「じっちゃんの名にかけて」だって?
自分の名前をかけられない弱虫の言葉かい?

Scene1 Side:N
 「ええとだな、つまりこういうことか。お前たちは早峰香が最近何者かに付けられていることを知り、今日護衛することにした。そして護衛してみるとなにやら怪しい人影が彼女をつけ始めた。そしてその後早峰香が角を曲がると悲鳴が聞こえた。そして二人は追いかけようと思ったが、我が息子は愚かにも転び、BMIS君だけが駆けつけた。すると、早峰香が血まみれになっており、その目の前には小津井ちいが手首が切られて死んでいたと」
「ええ、そういうことです。もっとも『切られた』のか『切った』のかはわかりませんが」
 俺の父さんの聞き込みに答えたのはBMISだった。
 結局、あれから俺の目が覚めたのは深夜を回ってからだった。BMISに聞くところによると、早峰さんが放心状態になっており、事件の詳細が聞けず、捜査が滞っているようだった。また、BMISへの事情聴取は、俺の目が覚めたら一緒にやるとのことだったので、その時はまだ受けていないようだった。
そして、目が覚めてしばらくしてから俺たちが座っているところに来たのが俺の父親であり、事情聴取をし始めた。冒頭の会話は、事情聴取終了間際になされたものである。
「ああ、その点についてだが、どうも切られたという方が有力のようだ。傷の角度からしてな……」
「そうですか、それは残念です」
その後は二人とも黙り込んだ。
「まあ、安心しろ。指紋に関しては小津井ちいの方が沢山、それにべったりついている。早峰さんのは一つだけだったよ」
父さんは黙っているBMISに対してそう慰めた。
いったいあそこで早峰さんと小津井さんとの間に何があったのだろうか。何故早峰さんが小津井さんを? やっぱり小津井さんにおそわれて、争って間違って殺してしまったのだろうか。そうだとしたら、早峰さんは相当ショックを受けているはずだ。なんせ、自分の親友を、正当防衛とはいえ、殺してしまったのだから……。
そう考えると、だんだんと早峰さんのことが心配になってきた。
「父さん、早峰さんの所に行ってきてもええか?」
 だが父さんは俺に厳しい目を向けて
「だめだ。相当ショックを受けているらしく、しゃべれない状態のようだ。しばらくは精神科の先生に任せておいた方が良い」
と言った。
仕方なく事件の真相について推理することにした。
だが、正直言って何から推理して良いのか皆目見当がつかなかった。そんな時BMISが話しかけてきた。
「N、あんまり難しく考えない方が良いよ」
「え?」
「今回の事件に関して疑問を持つべきなのは、僕たちの聞いた足音についてだけだよ。それ以外は簡単な問題。いや、もはや問題とも言えないかもしれない。Nは今混乱しているんだ。好意を抱いていた早峰さんを心配してね。でも落ち着いて推理した方が良いよ。事件を解決したいのなら」
それっきりBMISは黙ってしまった。いや、正確には眠ってしまった。
俺は、この状況で寝られるBMISに唖然としつつも、アドバイスに従うことにした。
 こいつが言うには、「考えるべき問題は足音だけ」だったよな。えっと、確かあのとき聞こえたのは、ザクッザクッていう何か重たい音だったよな。考えなくちゃいけないのは何故その音がしたのかだ。
 と、その時ふと気がついた。BMISが俺に助言をしたって事は、こいつはとっくの昔に事件をといてしまっていると言うことか? ということは、わかっておきながら推理をしようとしていない。全くどういう事なんだろうか……。こいつのやろうとしてることはよくわからないな。
 「たんに、Nが推理できるようにするためだよ。何せ僕らは探偵部だからね。最後は僕らの推理で締めたいじゃないか」
 急に話しかけられて俺は飛び上がるほどびっくりした。
「おい、BMIS……。寝とったんちゃうんかいな……」
「うん、まあ僕は寝ながら人の心を読めるからね、ニヤリ」
…………。もはやツッコミどころが多すぎて、どうしたらいいのかわからないな。ていうか、BMISなら寝ながら人の話が聞けそうだ……。
「まあ、それは冗談として、」
冗談になってない!
「どう、解けそうかい?」
「全然解らんわ。考えてわかったんは、BMISがこの事件を解いてしまっているっていうことだけやな」
そう言うとBMISは沈黙してしまった。
「おい、何で黙ってんねん」
「いや、これだけヒント与えてまだ解けないかなって思って……」
俺のガラスのハートが、音をたてて割れた……。
「まあ、いいや、もう一つヒントをあげるよ。事情聴取の時、Nは『転んだけど周りを見ても何もなかった』って言っていたよね。これと照らし合わせて、さっきの問題点を考えてごらん」
そういって、寝始めた。俺の砕けたガラスのハートはどうしてくれんねん、と思いつつもう一度推理することにした。
そして、考えること一時間とちょっと、正確には七十七分、やっと光明が見え始めた。
ちなみにその間、BMISはずっと眠っていた……。



Scene2 Side:N
次の日、朝早く、時刻は五時五十分、この事件に関係する人物が一堂に会していた。俺と、BMIS、早峰さん(まだ元気はないが、それなりに落ち着いてきたようだ)、それに父さんと、その部下数人だ。
そんな中で中心に立っていたのは俺とBMIS、つまり探偵部のメンバーである。
結局、あの後、事件の真相が解った俺は、しばらく睡眠を取ることにした。そしてその後、BMISと話し合った結果、朝に俺たちの推理を話すことになったのだった。
「さて、事件の発端は、早峰さんが僕たちに護衛を依頼してきたことから始まります」
俺はこう切り出した。
「ご存じの通り、私たちは、早峰さんを護衛し、マンションまで送り届けようとしましたが――」
「ストップ!」
そう叫んだのはBMISだった。
「何や?」
「お願いだからさ、いつもの関西弁で推理してくれない?」
「なんでや?」
「なんていうか、違和感がある。『私たち』って誰の言葉だよっ、てつっこんじゃうじゃないか」
はあ、いちいち文句の多い奴だ。こんな奴は無視しよう、と思ったのだが、みんなの方を見ると、全員が頷いていた……。
「ああ、わかったわ。関西弁で話せばいいんやろ」
またしても全員が頷く。俺はため息をついた。
「でや、早峰さんを護衛しようとしたわけやけど、皆さんご存じの通り、失敗してしまったんや。そして、そのせいで、事件がややこしくなってしもうたわけや」
そう言うと、俺のお父さんはこちらをギロッと睨み付けてきた。
「まあまあ、警部、そう怒らないでください。NもNなりに頑張ったんですから。少なくとも最悪の事態は避けることができたでしょ」
そうフォローしたのはBMISだった。おいおい、失敗したのは、おまえも一緒だろうが……。
「そうだな、まあ怒るのはこの推理ショーが終わってからにするとしよう」
間違ったときのことを考えるとぞっとするが、とりあえず推理を続けることにする。
「さて、とりあえず事件の経過は、こうです。まずは早峰さんと、小津井ちいが駅で別れます。このとき小津井ちいは駅の中から見て右側へと去っています。その後僕たちは、とりあえず、駅から見てまっすぐに歩いて行きました。そして、その間は、何の異変もありませんでした。異変が起き始めたのはその後、早峰さんが左へ曲がった後です。何者かが、右から左へと走り過ぎました。つまりは早峰さんの方に向かったんです。その後、お話ししたように、僕たちは奇妙な、何か重たい音を聞きました。この音に関しては、あとで推理をお話しします。この後、事件は急展開を見せます。早峰さんがまた、角を右に曲がったとき、尾行者が走り出したのです。そして――」
「僕が、その場に駆けつけると、早峰さんが血まみれで小津井ちいが死んでいた、ということです」
BMISがそう締めると、早峰さんは肩を震わせた。
それにしても、誰も俺が標準語なのにつっこまないのが悲しい……。
「あ、そういえばN、今標準語だったね」
「遅いわ!」
わざとやっているのか本気でやっているのか知らないが(たぶんわざとなのだろうが)、今推理中なのだから、もっと真面目にやって欲しいものだ。
「えっと、ほなそろそろ推理に入るで。まず最初の謎は、『何者かが右から左へ走りすぎた』っていうところやな」
「もちろんこの謎に関する答えは、皆さんがご想像の通り、小津井ちいです。駅で別れたときに小津井ちいは右へ曲がっていましたし、最後の場面で早峰さんと一緒にいたのは彼女ですから間違いないでしょう」
とりあえず、一つ目の謎を解いたわけだが、お父さんの反応は芳しくない。
「ふむ、なるほどな。だがな、それくらいは俺たち警察でも簡単に解ける問題だ」
そりゃそうだ。でも、
「でも、次の謎である『奇妙な音』については、まだ警察の方では解けてへんのやろ?」
すると、お父さんは軽く頷き黙り込んだ。その様子をみていたBMISは
「じゃあ、この謎については最後に回そうか」
とか言ってなにやら提案し始めた。お父さんは俺だけを睨み付ける。いや、俺は共犯じゃないからな。
とはいえ、警察の知らないことを最後に回すのは賛成だ。やっぱり探偵らしいし。
「そやな、ほなそれは最後に回すとしてやな――」
俺は殺気を感じたが無視することにした。
「最後の場面で何があったのか、それを解くことにしようやないか」
「と、いっても、こちらの謎もたいしたことありません。恐らく警察も解っていることでしょう。でも、ここからは、早峰さんの傷にふれることになります。だから、早峰さん、とりあえず退出してもらってかまいませんよ」
BMISはそう提案したが、早峰さんは首を振り、
「いえ、大丈夫よ……。私がやってしまったこととちゃんと向き合いたいの……」
と言って断った。
「ええっと、それじゃあ、推理を始めるで。ここからはほとんど想像の域にはいるんやけど、おそらく、小津井ちいは連続殺人犯の犯人やったんやな。それで――」
続きを言おうとしたが、またしてもお父さんに止められた
「おい、その証明はどうやってするつもりだ?」
なかなか、痛いところをつく質問だな。
「えっと、それはやな……」
俺が口ごもっていると、
「大丈夫ですよ、警部さん。もうすぐ証明できます。おそらく、少なくとも後二十分程度で解りますよ」
と、BMISが言った。俺には訳がわからなかったので聞いてみることにする。
「おい、何で後少しでわかるんや?」
すると、BMISはため息をついた。相変わらずである。
「……、それ本気で言っているの?」
「ああ、本気やで。だいたい、そんなん言われてもわかるはずないやん」
「まあ、そうだね。当然警部はわかっていますよね?」
お父さんは当然のように聞かれたが、咳払いして適当にごまかしている。なんだろ、この空気感……。
「今までの法則通りに行けば、今日の午前六時頃に殺人が起こるはずです。しかし、もし小津井さんが犯人なら、今日は、そして今後はもう殺人が起きないはずです」
「…………。なるほどな。まあ、それだったらとりあえずは小津井ちい犯人説を信じるとしようか。それで、何があったんだ?」
「ああ、それでやな、当然尾行者は小津井ちいになるわけやな。ほんでもって、小津井ちいは、早峰さんが角を曲がったとき、何らかの理由があって、いつもとは違う時間違う場所で殺そうとした」
と、そこで、お父さんがストップをかけた。
「おい、ちょっと待て。『何らかの理由』って何なんだよ。そんな曖昧な推理で――」
「警部、そこを推理するにはデータが少なすぎます。おそらく小津井ちいの日記か何かが残ってないと確証は持てないと思います。ですから、それを調べるのは警察の役目です」
そう言われてお父さんは唸った。
「とはいえ、推測することはできます。と言うことで、N頼んだ」
「え? 何で俺? まあええけどやな。要は、昨晩俺たちが護衛してたから犯行におよんだっちゅうことや」
「ん? どういうことなんだ?」
今気付いたが、今日の父さんは俺以上に疑問形が多いな。まあ、それだけ頭を使ってないってこ――
「自分のことを棚に上げて?」
無視。
「でやな、さっきの話やけど、たぶんこういう事やと思う。小津井ちいは早峰さんをいつも通り午前六時に殺そうとした。でもそこで、邪魔が入ったんや」
「それがお前たちって事か?」
「そうや。奇しくも殺しの法則に気付いてしまった俺たちが護衛をしてたせいで、いつも通りに殺せへんかったてことやな」
「気付いたのは、僕と早峰さんだけどね」
…………。おいといて、
「なるほどな、確かにお前たちが一晩中護衛しているとしたら、殺す機会がなくなるからな……、ってちょっと待て、どうやって小津井ちいはお前たちが護衛していることを知ったんだ?」
そう、それが問題だ。俺もそれでずっと悩んでいたのだが。
「いえ、その件に関しては問題ないですよ。というかN.お前は解っていないと行けないことだと思うんだけど……」
「え? なんや?」
何か俺がしたかな?
「電車の中のことだよ。小津井さんと目が合ったでしょ」
あ、なるほどそういうことか。
「ああ、そういえばそんなことがあったな。そうか、そう言えばあの時……」
そう、あの時確か小津井ちいは、俺と目があったとき怖い顔をしていたな。あれは、こういう事だったのか……。
「つまり、電車の中で見られていたわけか」
「ええ、その上彼女はこちらに気付いて顔をこわばらせていたので間違いないでしょうね」
「なるほどな……。しかしそうすると、小津井ちいは、お前たちがいつもはと違う電車に乗っていたって事を知っていたって事か」
「ええ、情報の出所は解りませんが。そもそも彼女は僕たちが、今日護衛することは予想外だったはずですし……。どこかで、小耳に挟んだだけかも知れません」
BMISはそう言うが、それでも都合が良すぎないか? たまたま俺たちの帰り道を知っていたっていうのは計画に危険性がありすぎる。もし別の人が早峰さんの護衛をしていたら、小津井ちいはその人がいつもの帰り道とは違う方向に進んでいることはわからないわけだしさ。
と、そのとき、意外な人物が声を出した。
「あの……、それはたぶん私のせいだと思います……」
みんなが早峰さんの方を振り向く。
「えっと、実は私、心配になってきて、電車の中で二人が今日護衛することを話してしまったんです」
一同は沈黙する。
「えっと、ごめんなさい」
「まあ、別に早峰さんは悪くないですよ。なあ、BMIS」
BMISは曖昧にほほえんだだけで、何も答えなかった。薄情な奴だと思いつつ、というか殴りたくなったが、ここは抑え込んだ。
「とにかくだ、推理の続きをしてもらおうか」
「え〜と、どこまで推理したかいな……」
「小津井ちいが角を曲がって、殺そうとした理由だよ」
「ああ、そうやったな。あとは、たぶんみなさんの想像の通りやと思います。小津井ちいは早峰さんを殺そうとしていましたが、そこで手違いが起こり……」
これ以上は早峰さんの気を使って何も言わなかった。たぶんみんなも解っていることだろうしな……。
「N,気持ちはわかるけど、ここは真実を確かめる意味でも言ってしまった方が良いんじゃないかな? というか早峰さん、よければあなたから話していただけないでしょうか?」
「おい、BMIS! さすがにそれはやりすぎやろ。今の早峰さんは……」
「いえ、Nさん、お話しします……。自分なりに気持ちの整理をしておきたいし」
そう言う早峰さんの声からは生気が感じられなかった。
「あの時、確かに小津井さんは私を殺そうとしました、ナイフで。でもその時、Nさんの声が聞こえたんです」
確か、「BMIS! 早く行こう」だったかな。そう言った覚えがある。
「それで、それを聞いたとき小津井さんが一瞬ひるんだんです。たぶんびっくりしたんでしょうね。それで、その隙に相手のナイフを奪い取ろうとしたんです。そして揉み合いになって……」
それ以上は早峰さんも言えないようだ。かわりにBMISが言う。
「ええっと、早峰さん? 頷くだけでかまいませんから、その続きについて話しても良いですか?」
聞かれた早峰さんは、頷いた。
「その後、揉み合いになった早峰さんと小津井ちいは、いつの間にか早峰さんがナイフを持つことになり、そしてそれを知らずにいた早峰さんは小津井ちいに抵抗しようとし、そして間違えて――、刺してしまった、と」
早峰さんは、頷かなかった。その代わりに一言
「刺したんじゃありません……」
「そうでしたね、失礼しました。引っ掻いた、擦ったというのが適当でしたね」
BMIS,それってすごい間違いだと思うが……。といううか、BMIS,結局早峰さんの口から言わせてるし。
「さて、ではこの辺で今までの過程をまとめていきましょうか。ということで、N任せた」
「なんか面倒くさいとこだけ俺に任せてへんか……」
「気のせい気のせい」
はあ、まあいっか。
「つまりやな、駅で別れた小津井ちいは、そのまま早峰さんの尾行に移った。その後、角を曲がった早峰さんを殺そうとしたけど、俺の叫び声を聞いて、もうすぐ俺たちの助けが来ると知りびっくりした小津井ちいは隙を見せ、その隙をついてナイフを奪おうとした早峰さんだったんやけど、そこで間違えて……」
「小津井さんを殺してしまったと」
言いにくかった俺の代わりにBMISが答えた。
「ふむ、だいたい事件のあらましは解った。それじゃあ、そろそろ、変な音の謎について説明してくれるかな」
父さんが急かした。
「そうですね、それではそろそろその謎に移ろうか」
「そやな。そろそろその推理にいこか」
俺は推理の順序を脳内でシミュレーションする。
「まず、あの時してた音やけど、何か重たい音、そう、ザクッザクッていう音やった。ほんで、その音は俺らからの前、ちょうど尾行者のあたりから聞こえてた。さらに、歩調に合わせてその音がなっていたことを考え合わせると……」
「そいつの足音だったってことか」
父さんの言葉に俺は頷いた。そして、父さんは続ける。
「それって、そんなにもったいぶって言うことか? 普通に『あの音は足音でした』で終わりじゃないか?」
「…………」
一同沈黙する。父さん、もう少し探偵というものを知ってください……。
「警部さん、そこはトップシークレットですよ」
必死でBMISはフォローしようとするが、父さんは理解できないのか首をかしげたままだ。
「でや、気を取り直していこか。ほんで次に推理すべきは当然、その足音をどうやって出したんかっていう問題なんやけど、注目すべきは小津井ちいの持ち物や」
「持ち物? 確か学生鞄とクーラーボックスがあったな」
「ああ、そうや。ここで大切なのはクーラーボックス」
「クーラーボックス? それがどう関係するんだ?」
ふむ、なかなか良い反応をしてくれるな、父さん。さっきとは大違いだ。
「警部さん、事件時の気候を思い出してみてください」
そう言ったのはBMISだった。
「気候?」
「ええ、あの時の気候は、まさに夏真っ盛りといった感じで、とても暑かったんですよ」
「そう、そして俺があの時何かに躓いて、その時何に躓いたのか探したけど結局見つからんかったことは話したと思うんやけど、それらのことを総合して考えると――」
「クーラーボックスに入っていたのは氷ですよ」
おいしいところをBMISに取られた……。
「氷? つまりこういうことか。あの足音は氷を踏む音だった。そして氷故に暑さで溶けて、こけた後探しても見つからなかった」
父さんまでおいしいところを取らないでください……。
「ええ、そういうことです。小津井ちいが死んだ直後、クーラーボックスを確認しましたが、蓋が開いていたにも関わらず、中身が冷え切っていましたから、氷が入っていたのは間違いないと思います」
BMISがそう言ったが、ややあって父さんが聞いた。
「ちょっと待て、氷ってそんなに簡単に割れるものなのか?」
その質問には俺が答えることにした。
「それは、たぶんやけど、氷の固まりやなくて、ある程度砕いた状態でクーラーボックスに入れといたんやと思う。それやったら踏んで簡単に砕けるし、それにすぐ溶けるから俺たちが走らない限りはそれまでに氷が溶けるやろ」
「なるほどな、そして最後に走ってしまったお前たちは転んでしまったわけか」
「その通りです。もっとも転んだのはN一人ですけどね」
律儀にも、そして嫌らしくもBMISは訂正して言った。
「付け加えて言うとやな、道路は空気よりも温度変化の影響を受けやすいから、気温よりも温度が高くなってるはすや。だからなおさら氷が溶けやすくなっとるわけやな」
「まあそこまでは解ったが、なんでそんなことをする必要があったんだ? 別にそんなことする必要なかっただろう。そんなことをすれば警戒されるだけだろうし殺しにくくなるだろう」
う〜ん、なかなか痛いところをつく質問だな。
「警部、早峰さんが電車の中で小津井ちいに事情を話していますから、僕たちに護衛させて警戒していたという点では彼女はすでに知っていたはずです。ですから、本人はあまり問題にしていなかったでしょう。まあ、そのあたりも小津井ちいの日記なりが出てくれば全てわかると思いますよ。ただ雰囲気を出したかったって言う簡単な理由かもしれませんし」
「ふう、結局はお前たちの推理も小津井ちいが何か残していないと何も確認できないな……」
父さんはそういって顔をゆがめた。
と、その時一人の捜査員が入ってきた。確か早峰さんの部屋に張り込んでいたっていう二人の刑事の内の一人だったかな? やせ気味の方。
「警部、ただいま六時四五分ですが、張り込んでいた家の者は全員無事なようです」
そうか、もうそんな時間か……。推理に集中していたから全然気付かなかったな。
でもこれで小津井ちい犯人説がかなり有力になったわけだな。
「うむ、わかった。念のため各人が登校し始めるまで見張りを続けるよう言ってくれ」
父さんはそう言うと、刑事は「はい」と威勢良く返事して部屋から出て行った。
「これでお前たちの推理はほぼ正しいことがわかったな。後は日記か何かが見つかれば残りの謎が解けるのだが……」
「まあ警部さん、そこは根気よく探すしかないですよ」
「でもやなあ、もし見つからんかったらどうするんや? なんで氷のトリックを使ったんかもわからんしままになるしやな、そもそも動機不明ってことになるんか?」
「まあ、そこは仕方ないよ。小津井ちいは死んでしまっているんだしね」
BMISはそう言ったが、なんか納得いかないな。仕掛けを使った理由不明で、動機不明ってめちゃくちゃ歯切れ悪いぞ。もっとも、動機は快楽殺人だから、そもそも曖昧なものかも知れないが。
「まあ、こっちも全力で捜査するから我慢してくれ」
う〜ん、まあ俺がいくら文句言っても始まる事じゃないしここは諦めるか。
「N、納得いったかな?」
「いや、納得はしてへん。でも理解はした」
俺がそう言うとBMISはやれやれと言わんばかりのあきれた顔をした。
「まあ、納得できないのも仕方ないか。こんなに中途半端だからね」
そう言った後BMISがこの推理ショーの締めをした。
「それでは、この辺でお開きとしましょうか。早峰さんもだいぶ精神的にまいっていることでしょうし。後は警察に事後処理を任せると共にトリックの使用理由や動機の真相を解明してもらいましょう。それでは、みなさんお疲れ様でした〜」
何故か最後が「打ち上げ終了間際の演説」みたいな感じになっている。しかも適当……。
まあ、とりあえず自分で事件が解決できたことの喜びでいっぱいなのでツッコミはなしの方向で終わらせたが。
こうして、とりあえずは俺たちの事件が終わった……。
 


Scene3 Side:N
 結局、不明瞭な点に関しては杞憂に終わった。
 あの後、詳しくは推理ショーのあった日の夜に小津井ちいが常日頃から記していた日記がデジタルデータとして見つかった。
その気になる中身とは――。
まずトリックに関してだが、なんとBMISの奴の予想が正解だった。つまり、「ただ雰囲気を出したかった」というものである。何とも拍子抜けな話だが、まあ殺人犯なんて何考えてるかわからないところがあるからな、そんなもんか。って、これは偏見か……。だが、少なくとも今から人を殺そうというときに、そして誰も観察者がいないのにも関わらずその場を盛り上げるためだけにあんな事をする神経は――、俺には理解不能だ。
そして、もう一つの動機に関してだが、こちらはある意味では予想通りなのだが、それでも驚くべきものだった。注目すべきはその異常性だ。その日記には、自分がいかなる思想を持って殺人を犯したのか、それが残酷にそして無感情に書かれていた。そこには罪悪感の欠片も感じられなかった。正直途中から、見るのが憚られるほどだった。実際、父さんは途中までしか読ませてくれなかったし。
まあ、結論としては「全てが異常だった」、ってことになるのだろうな。
もちろん、そんなの一般人の俺としては納得できないが、相手が相手だし理解できない方が幸せなのかも知れない。
今後はこんな悲劇に出会わないように、いやそもそも無くなるように、世の中が動いて欲しい物だ。


さて、それぞれの納得できる(?)理由がわかったところで、後日談でも話すとしようか。
結果としては、この事件は大きく報道されなかった。そもそも犯人が未成年だったこともあるし、動機が常軌を逸していたために報道できるような内容ではなかったからだ。犯人の小津井ちいの名前が公開されることもなく、ただ事件の終了が告げられただけだった。もっとも、BMISによると、小津井ちいの名前が出なかったのは早峰さんの配慮もあったようだ。
そんな早峰さんはあの後学校に来なくなった。といっても、あの事件の後学校があったのは二三日程度で、その後は夏休みだったが。まあ夏休みの間に精神的ダメージを癒して、休み明けにはいつもの元気な顔で登校してきて欲しいものだ。
一方BMISはというと、小津井ちいの日記が見つかってから事件の終わりを悟ったのか、急にやる気をなくしていつものつまらなさそうな顔に戻ってしまった。前の、本人曰く「ポーカーフェイス」の時のように友達作りに励んで欲しいところだったが、そんな日はいつか来るのだろうか……。
濃藍の空に俺の思いがこだまする……(って意味不明か……)。