『In Order』 二章 前編

第二章
人ハ簡単ニ壊レル
   簡単ニ壊セル


Scene1 Side:N
結局父さんに早峰さんの一件を伝えて見たが、事件とのの決定的な関連性を見いだせないとのことで護衛は付けてもらえなかった。
やっぱり探偵部の方で護衛をするしかないか……。まあ滅多にない仕事だし、これで生徒部の方も何も文句言えなくなるだろうからやるしかないか。それに一応警察の息子だし。
と適当に本当の理由を隠しつつ、立て前を並べてみた。もちろんこんな事無駄だと思うけど、一応昨夜みたいにBMISから闇討ちされたら困るからな。


学校についてみると、廊下で友達の月見里悠奈さんや小津井ちいさんとしゃべっている早峰さんとすれ違った。どうやら尾行の有無はともかく特に事件には至っていないようだ。とりあえずひと安心である。
早峰さんは、軽く俺と目配せをして、すぐに月見里さんと小津井さんの二人とどこかに行ってしまった。
さて、早峰さんは大丈夫そうだから、早速BMISと今日の護衛の作戦を練りに行くか。
ということで、教室に着いたのだが、そこには信じられない光景が広がっていた。
BMISがしゃべってる……。
普段はBMISは、俺以外の生徒としゃべらない。授業中は、前述したとおり寝てばっかだし、クラブはたった部員二名しかいない探偵部。そもそも、しゃべる相手の少ない環境ではあるが、それでもBMISの「閉じている」度合いは常識を超えていた。
本当に誰とも、必要性を感じるとき、必要なことだけを、必要なだけ話す、そんな存在なのだ。だから、そこら辺にいる俺の友達がBMISに話を振っても、無表情で首を振るだけなのである。そう、どこか、くだらない世間話をしているみんなを達観するような、それでいて見下すような、そんな目をするのである。時々俺は、BMISが世界なんてどうでも良いみたいなことを考えているんじゃないかと思うことさえあった。そんなあいつを、クラスのみんなは明らかに「変人」扱いしていた。もっとも、あいつの成績ゆえに、そこまで偏見的な「変人」の意味はなかったが。
そしてそんなBMISがクラスの奴としゃべってる……。
ややあって、俺を発見すると
「やあ、おはようN」
といってこちらに近づいてきた。笑顔で……。全くもって違和感がある。
「ああ、おはよう。なんや、今日はえらい機嫌がええな」
何を言ったらいいのかわからなかったので、とりあえずこう言ってみた。すると、急にNは笑顔をやめて、いつもの顔に戻った。そして小さな声で
「ポーカーフェイス」
と囁いた。
「はあ?」
意味のわからない俺は何のことか聞いてみたが、「後でね」と言ったきり黙ってしまった。いや、お昼寝モードに入ったといった方が適切な表現だろう。まだ朝礼でさえやってないというのに寝るとは……。つくづくBMISがうらやましいと思った。


さて、その日の昼休み、当然BMISの「後でね」というのはこのときだと思っていたのにチャイムが鳴るとすぐにどっかに行ってしまった。
普段はBMISと昼食をとっているのだが、今日は相手がいなくなってしまったので、他の親しい友達と食べることにした。
「なあN、おれは今までBMISはつれない奴だと思ってきたけどよお、今日話してみると結構普通の奴だよな」
そう話しかけてきたのは、中学校からのつきあいの桜庭五樹だ。性格は気さく、その一言にすぎるだろう。それ以上の紹介はめんどくさいので略だ。
とっとと話を戻そう。
五樹の言葉にその場の全員(といっても俺を含めて4人だが)がうなずいた。いったいどんな話をしてたんだ、BMISは。疑問に思ったので聞いてみると、
「ほんとに普通の話だよ。最近のドラマとか今はやりの音楽とかね。普段、こういう話をすると素っ気ない返答しかしないけど、今日はすごい積極的に話してたんだよね。何かあったのかな?」
今度は今年同じクラスになって初めて知り合った歌野昭治が答えた。
何があったのかは俺にもわからないが、恐らく早峰さん関係かも知れないと思った。もっとも口に出しては言えないが。
「ほう、たしかにあいつの普段の態度を見ていると、珍しいことやな。まあ、俺なりには良い方へ性格が変わっていってると思っとるから、別に良いと思うけどな」
「そりゃそうだ、おれも、このままBMISが良い方へ変化してくれることを望むよ。結構話してて楽しかったからな」
 五樹の言葉にまたしてもその場の四人がうなずいた。だがここで、
「だが一つだけいただけないことがあるのだよ」
と発言した奴がいた。岡田陸だ。正直俺はこいつのことが好きではない。性格はがさつで、いつも気取った風を装ってるから。まあそこは俺も人のこと言えんが。五樹の友達だからつきあってる程度かな。
「なんや、言うてみぃ」
「まあ、N君、そう突っかからないでくれたまえ」
今時「たまえ」なんて使う奴に出くわすとは思わなかった……。まあ、こいつがこういう度につっこんでいることなのだが、おそらく、こいつは「天然記念物」ものだろう。
「実はだね、BMIS君は何気なくたわいもない話をしていたが、実際にはあることを聞き出そうとしていたんだと思うのだよ」
「あること?」
その場の全員が首をかしげる
「おい、岡田、どんなことなんだ?」
五樹が聞いたが、岡田は極限までもったいぶっている。やたら「君たちに教えても良いのかな〜」を連呼する。
五樹はため息をついて、しゃべろうとした、がその前に俺が
「おい、五樹、こいつの話はほっといて、BMISが何話してたか詳しく教えてくれへんか」
といってせき止めた。
五樹は驚きつつも、察しがついたようだ。
「え? あ、いいよ。そうだな、俺一人じゃ思い出せないから、昭治も手伝ってくれ」
「うん、いいよ。えっと、まず最初は――」
「ストップ、諸君!」
ふう、作戦成功と。岡田を除く全員が視線を合わせてにやりとした。
「さっきの話の続きをしようじゃないか」
 「さっきの話って、『BMISが何か聞き出そうとしてた』って話だよね」
「その通り。察するにBMIS君は、早峰さんについて聞き出そうとしていたのだよ」
「早峰さん?」
その場にいた一同は驚く。もっとも、五樹と歌野の驚きと俺の驚きは別物だろうが。
「左様。BMIS君は最初は普通の会話、例えばドラマや映画、音楽といった話をしていた。だがしかし、徐々に話の方向は、ここのクラスの人の話題へ、そして女子の話しに行き、最後に早峰さんの話へと移り変わった。そう、これは早峰さんの事を聞き出そうとしているに違いない!」
なるほど、岡田にしては珍しく観察ができているようだ。しかし五樹や歌野が気付かないところに、岡田が気付いているとは。結構岡田って賢いのか? 
「でもさ、クラスの話題から女の子の話題に持って行ったのは岡田君自身だよね。それに女の子の話題から早峰さんの話題に持って行ったのも……」
前言撤回。岡田は賢くない。なるほど、だから五樹や歌野が気付かなかった、いや気づけなかったわけね。そもそも、気づく対象がないんだから……。
だが、今の歌野の言葉は岡田の耳に届いておらず、
BMIS君も隅に置けない奴だ。この僕に宣戦布告してくるとは。『ビィーナス』と呼ばれし早峰さんはこの僕がいただくよ」
とか何とか、なかなか痛いことを言い始めた。人目が憚られるのでとりあえず岡田除く俺たちは昼食に専念することにした。
そして、食事が一段落してから俺は岡田に尋ねてみた。
「なあ、岡田。実際問題BMISはどんな事を聞いてきたんや?」
岡田は少し悩んでから
「そうだな、確か早峰さんの誕生日とか血液型とか電話番号とか、メールアドレスとか……。」
「それって、岡田が全部自分から言ったことだろが……」
岡田の言葉にまたしてもあきれた五樹が突っ込んだ。それにしても、こんなにも簡単に個人情報をばらすとは末恐ろしい奴だな……。
「そういえばさ、僕もうろ覚えなんだけどさ、BMISさんから聞いてきたことがいくつかあったよね。例えば『早峰さんの友達は誰がいる』とか『早峰さんは登下校はどうしているのか』とかさ。他にもいろいろ、さりげなくだけど」
「おお、そう言えばそうだったな。確か全部岡田が答えて――」
その後、他の三人はまだ会話を続けたが、俺は適当に相槌をうってごまかしておいた。
何故BMISは早峰さんのことを聞いたのだろうか。早峰さんの護衛のためか? それとも犯人の手がかりを探すため? それとも、そもそも昨日の早峰さんの話が信用できないから自分で確かめているのだろうか。
謎は深まるばかりだな……。放課後、部室で聞き出さなければ。



Scene2 Side:BMI 
その日の放課後。昨日と同じくNは掃除で少し遅れてから入ってきた。
「やあ、やっときたね、N。早峰さんによると昨日はやっぱり尾行されていたみたいだよ。だから今から、今日の護衛に関して話し合うからね」
 そう言って僕はNに部長席を譲った。だが、Nは仏頂面をして席に着こうとしない。どうやら、静かに怒っているらしかった。
「ん? N、どうして座らないんだい?」
ややあってNが答えた。
「今日の朝、俺の友達に早峰さんについていろいろ聞き出したんやって? なんでそんなことしたんや?」
ああ、そのことか……。まあ、早峰さんを信頼してないように見えるし、まあ実際半信半疑だったわけだが、怒るのは当然か。
「いや、特に理由はないよ。ただ依頼者の情報をある程度調べるのも、調査の一環だと思っただけさ」
「立て前はわかった。で、本音はなんやねん」
 本音か……。そんなの言えるはずがない。それにNに言ったらショックを受けるかも知れない。だから、僕ははぐらかすことにした。
「何を言っているのさ、今のが本音だよ」
それでも信用できないのか、いや信用できないのは当たり前だが、こちらを睨み付けてきた。こちらも沈黙する。
少しして、根負けしたのか、Nが部長席に座って、
「まあ、ええわ。信じたろうやないか」
と言ってくれた。
「正直言うてな、俺はBMISが早峰さんの話を信用してないから、確証を得るためにいろいろと聞き出したんやないかと思ったんや」
なかなか鋭いところをついている。まあ言葉の選択に若干の誤謬があるかも知れないが、ここはせっかくNが僕のことを信じてくれたのだから、あえて何も言わないことにした。
「まさか、そんなことはないよ。それより、早峰さんについてわかった情報教えて欲しい?」
せめてもの罪滅ぼし、のつもりだ。
「え? 良いんかいな、そんなことしても」
「大丈夫だと思うよ。『調査結果をもれなく部長に伝えるのは義務』って会則に書いてあったし」
とりあえずこじつけてみた。
「え? うん、そうやな。伝えるのは義務やな、うん」
なんだか納得したようだ。
「それじゃあ、報告するよ。早峰香、一七歳。誕生日は四月二十日。血液型はRH+のB型。住んでいるのは、例の連続殺人鬼が狙いそうな中の下のマンション、シマダ荘。殺人鬼が狙いそうな中の下のマンションだね。陸上部に所属しており、毎朝早く学校に来て朝練に励んでいる、登校時間は五時半。下校時間は陸上部での活動が終わってから。友達の月見里悠奈と小津井ちいと帰っている。月見里悠奈に関しては、駅前まで。小津井ちいの方は一緒に電車に乗り、駅から降りてすぐ別れるようだ。月見里悠奈はR高校で陸上部に入ってから、小津井ちいはT小学校五年生の時に早峰香が転校してきてからの付き合いだそうだ。なお、家族構成に関しては不明。あまり自分からは語りたがらないようだ。その辺が一人暮らしをしている理由かもね」
Nはうんうん頷きながらメモを取っている(もちろんこの部室にメモ用紙なんてないから、Nの自家製メモ用紙を使うことになった。すなわち趣味の世界である)。そしてメモを取り終わるといぶかしそうに聞いた。
「なあ、BMIS。こんなに多くの情報量、誰から聞いたんや? 『RH+』なんてどこで知ることができんねん」
なかなか、恐ろしいことを聞く奴だ。
「ほんとに誰か知りたい? 知る覚悟はできてるの?」
僕のおぞましい雰囲気を察したのかNは
「いや、やめとくわ……」
と言った。
「まあ、こんな事僕に聞かなくてもわかるでしょ。当人はNの友達だし」
Nは前半部分で首を縦に振り、後半部分でものすごい勢いで首を横に振った。
「でや、朝は聞き込みやっとったんはわかったけど、昼休みは何やっとったんや? まさか、他にもいろいろ聞き込みしてたとか?」
「いや、聞き込みはしてないよ。例のごとく、たった一人の人間からほぼすべての情報を聞き出せてしまったしね……。僕が昼休みにやっていたことは、事件に関する情報集めだよ。図書館でいろいろと過去の新聞を読んでいたんだ。」
「へえ〜、で目新しい情報とかはあったか?」
「ナッシングだよ。」
そう言うとNは「そうかー」といって椅子にもたれかかって頭をもたげた。
「そうそう、BMIS、一つ言いたいことがあるんやけど良いか?」
「ん、何?」
 「今日の昼休みにさ、俺の友達といろいろ話してみたんやけどさ、みんなBMISのこと見直しとったで。『話してて楽しかった』って。ほんで、このままの性格のほうがいいんやって。せやからさ、そういう性格でいけるんやったら今後も――」
「無理だよ」
僕はそう言って言葉を遮った。
「朝にも言ったでしょ、あれはポーカーフェイスだって。つまり作られた性格なんだよ。僕の本心でもないし本意でもない。僕は、みんなが『普通の話』としていることが、『普通』ととれない人間なんだよ。どこが面白いのか、何が楽しいのか、どこに意味があるのか、全く持って理解できないんだ。だから、普段からあんなのをやったら疲れるだけだよ」
そう、だから劣等感を感じる。だから虚無感を感じる。だから――。
孤児院では、いつも好きなだけ自分の好きな勉強ができたし、それに対して白い目で見られるようなことはなかった、探偵機関所属中も同様である。だから、「普通のことを普通ととらえる」能力なんて僕にはない。そもそもみんなが言うような「普通」が何かわからない。
幸いNは椅子にもたげているため、こちらの顔は見ていない。もちろんわざとだろうが。
沈黙が続く――。
「そや、そろそろ護衛に関して話しあわへんか……」
しばらくしてNがぎこちなく聞いてきた。
「うん、そうだね」
その場の雰囲気は悪かったが、とりあえず話し始めることにした。
「さっき言ったように図書館で調べ物していたのは話したね」
「ああ」
「その時早峰さんに会ったんでいろいろ話し合ったんだけど、その結果こういう結果になったんだ。まず、早峰さんにはいつも通り月見里悠奈と小津井ちいと帰ってもらう。もちろんその間も護衛として後ろの方からついていくよ。もっとも二人にばれないようにだけど。そして月見里悠奈は駅前で、小津井ちいとは電車から降りてから、あ、もちろん電車代は自腹だからね、で別れてもらい、とうとう本格的に作戦開始となるわけだ。ということでこれを見て欲しい」
そういって僕はポケットの中から、あるものを取り出した。
「なんやこれ? 豆電球に簡単な回路がついているように見えるんやけど」
「その通り。この回路は、別の場所にあるスイッチが押されて出てきた電波をキャッチして光るようにできているんだ。だいたい半径七十メートルくらいは届くと思うよ」
「へ〜。で、こんなん作って何に使うんや?」
「さっきいったように、これとは別にもう一つスイッチがある。それを早峰さんに持っておいてもらって、尾行されていると感じたら、スイッチを押してもらう。そしたらこの豆電球が光るわけだね。光ったら、尾行者に気付かれない程度に一気に近づくんだ。もっともそれでも十メートル以上は離れないといけないけどね」
「なるほどな。でも、それやったら、そのランプが光るまでは駅で待機しとくんか?」
「いいや。駅から早峰さんのマンションまで二回角を曲がるんだけど、まずは一回目の角を曲がってもらうまではある程度の距離をとってついていく。そして早峰さんが角を曲がって少ししたら僕たちも角を曲がって同じように護衛する。次の角も同じように。そして早峰さんがマンションについたら僕らも走って側まで行き、マンションの中に入れてもらう。後は早峰さんの部屋の前で一晩中次の日の朝まで護衛。あ、もちろん交代制だからね」
「ああ、それはわかっとる。でもさ、それやったら――」
やっぱり質問が来るか……。正直言って今から来るであろう質問に対する答えを僕はまだ考えていない。だから、Nが質問することに対してかなり焦った。
「それやったらさ、明日の学校の準備はどうすんの?」
……、正直ほっとした。わけでもなくどちらかというと拍子抜けした。
「ああ、そのことか。まあ仕方ないから、朝の護衛が終わったら一回家に帰って取りに行くしかないね。まあ早峰さんは家出る時間早いし、一回登校してしまえば後は安全だからね。取りに帰る時間はあると思うよ」
「え? てことは学校に着いてからもう一回家に荷物取りに帰るって事かいな」
「うん、そうだよ」
そう言うとNはため息をついた。
「はあ、何でそんな面倒くさいことせなあかんねん。もうちょっと上手い計画はなかったんかいな」
「そんなこと言われてもね。この計画を立ててくれたのは早峰さんだよ」
「え、そうなん?」
僕が頷くと、Nはもう文句を言わなくなった。
「じゃあ、そろそろ下校時刻も迫ってきたし帰る準備をしようか」
帰る準備をしながら僕はさっき予想していた質問について考える。
僕が予想していた質問とは「何故最初から、少なくとも友達と別れてから、離れて護衛するのか。なぜ近くで護衛しないのか」だ。「友達と別れるまで」っていうのは友達を巻き込みたくないからで通るし、事実そうだろう。だが、後半部分に関しては答えを持っていない。いや、持っているがNには言えないだけである。何故なら、前にも言ったように、僕は早峰さんの護衛よりも犯人を捕まえることを重視している、というものだからだ。おそらく、これを聞いたらNは激怒するだろう。だから言えないし、言わなかった。僕の眼中にあるのは殺人犯だけ。
どこまでも目的合理の僕だった……。