『In Order』 一章 後編

Scene3 Side:N
ふう、ようやく掃除が終わった。BMISのやつちゃんと部室に行ってるだろうか?
いろいろと懸案事項はあるけど、とりあえず部室に到着。
そして威勢良くドアを開ける。するとそこには、部長席に座っているBMISがいた。
「やあ、N。やっと来たね。依頼人が来ているよ」
どうやら、BMISはちゃんと部室に来てくれたようだ。感心感心。って、
「今なんて言うた?」
「『依頼人が来てるよ』って言った」
「はあ」
どうやら、自分でもあり得ないと思っていたことなので、頭がついていけないようだ。しっかりしろよ、俺の頭脳……。
「で、その依頼人ちゅうやつは、どこにおるんや?」
そう言うと、BMISはドアで見えなくなっている場所を指さした。
とりあえずドアをどけると、
「あ、こんにちはNさん。Nさんが部長なのね」
「はあ」
どうやら、またしても、頭がついていけていないようだ。
そこにいたのは、あこがれの早峰香さんだった。
なぜに、早峰香さんが?
なんだか頭がこんがらがってきた。
とりあえず、脳内整理のために、早峰香さんを紹介しよう。
彼女は、一言で言うと「委員長タイプ」である。いつも、女子陣の中心に立ち、指揮をとっている。だからといって態度がでかくなることもなく、むしろ逆で、女子だけでなく男子にも常に気配りを忘れない、心優しい人である。また、容貌も美しいため、男子からは「ヴィーナス」の名で通っている。もちろん、彼女を射止めようする男子は多いが、ことごとく断られているようだ。(ちなみに俺はまだである)
でだ、なんでそんな、まじめで清楚で、自分で言うのも何だがある意味でいろんな物が欠如している探偵部に最も縁のなさそうな早峰さんがここにいるんだ? 人物紹介もむなしく、頭がついていけてない。
「えっと、その、早峰さん?」
「はい?」
「なんの用があるんでしょうか?」
「N,何で丁寧語になってるの?」
BMISはだまっときぃ!」
まったく、BMISにも空気を読んでほしいものだ。この早峰さんを前にして、正気でいられる男子なんかほとんどいないぞ。BMISは顔をにやにやさせながら、なおも続ける。
「N、さっき僕は『依頼人』って言ったでしょ。そこから推理して、我が探偵部に頼み事があるんじゃないか、っていう結論にたどりつかないかい?」
あ、なるほど。ようやく俺にも事態が飲み込めた。要は、この早峰さんは探偵部に依頼しに来たわけか。う〜ん、名探偵としてもっと精進せねば。
そんな俺にBMISがとどめの一言。
「少なくとも『名探偵』の看板は下ろした方が良いね」
…………。まあそれはそれとして、
「なんでBMISが椅子にすわっとんねん!」
「あ、ごめんごめん。ここはNの特等席だったね。はいどうぞ」
「ちゃうやろ! さ、早峰さんどうぞ」
そう言ってBMISを無理矢理どけて、早峰さんを座らせた。代わりにBMISは部室の端っこに座る。BMISは、相変わらずにやけ面。まったくもって気に入らない。
「え〜と、そろそろ依頼の内容についてお話しても良いかしら?」
早峰さんは困った顔をしている。どうやらそれほど悩みは深いようだ。
「単にNの態度が奇妙奇天烈になっているからだよ」
という、ささやきが聞こえたが、どこぞの自称「一般人」の読心術には興味がないので無視することにした。
「どこから話し始めたら良いかわからないんだけど、とにかく今起きてる『京都女子高生連続殺人事件』についてなの」
「え?」
これには、俺(とBMIS)には予想外だ。まさか、この弱小クラブに、そんな大きな事件が来るとは夢にも思わなかった。とりあえず先を聞こう。
「えっと、早峰さん、具体的にどういうことでしょうか?」
そう聞くと、次の瞬間、早峰さんは爆弾発言をした。
「次に殺されるのは私かも知れないの」



Scene4 Side:BMI 
なるほどそうきたか。「連続殺人事件」と関わりがあると聞いてある程度予測はしていたが、実際にどんぴしゃりで当ててしまうと、驚いてしまうものだ。
 ということは、早峰さんも僕と同じで関係性に気付いたのか……。
 「早峰さん、もっと具体的にお願いできますか?」
 相変わらずの丁寧語でNが聞いた。丁寧語のNは気持ち悪かったが、事が事なのでとりあえず気にしないことにする。
 「ええ。実は、私は今起きている連続殺人事件のある法則性に気付いたの」
 やっぱりそうきたか。
 「え? 法則性?」
 どうやら気付いていないのは、Nだけのようだ。あれだけ「推理しろ」って言っといて……。
 「何か書く紙あるかしら?」
 そう言われてNは紙を探し始めた。が、この部室には紙なんてないので、結局は部長机に書き込むことになった。
早峰さんが書き込んだのは、昼休みにNが書いたものと似たようなものだった。


名前    高校 
笠井清美  H校 
高里白奈  K校 
夏樹静江  O校 
泡坂妻子  D校 
坂口杏   I校 


「これは、被害者と彼女たちが通っている学校のリストですよね?」
「ええ、そうよ。で、ここからが私の発見した法則なんだけど、まず、それぞれの被害者を高校のイニシャルに準じて並び替えるの」
そう言うと、早峰さんは、机に新たなリストを作った。


名前    高校 
泡坂妻子  D校 
笠井清美  H校 
坂口杏   I校 
高里白奈  K校 
夏樹静江  O校 


「ね、一目瞭然でしょ?」
 早峰さんはそう言うが、ここまで書かれているにも関わらず、まだ気付いていない人間が約一名ほどいる。仕方なく、助け船を出す。
「N,それぞれの名前の頭文字に注目してごらん」
 数秒考えた後、
「ああ、なるほど」
どうやら、合点がいったようだ。
そう、高校のイニシャルをアルファベット順に並び替え、なおかつそれに準じて被害者の名前を並び替えると、被害者の名前の一文字目が「あ」「か」「さ」「た」「な」の順になるのだ。
「で、どうしてこの法則性から、次に狙われるのは早峰さんになるのでしょうか?」
「だって、『な』の次は『は』でしょ。それに『O』の次は『R』のはずよ。だって『P』や『Q』がイニシャルの学校なんて日本中探しても、一つあるかないか程度じゃないかしら? そこから考えると、次に狙われるのは『R』校の『は』がイニシャルの人、すなわち私になってしまうわけ」
やっぱり。こまでは予想通り。でも……。
「そうか、なるほど。さすがは早峰さんだ。すごいですね。天才だ!」
僕の心配をよそにNははしゃぎまわっている。どうやらNは早峰さんを前にして理性を失っているので僕が聞くことにした。
「早峰さん、すいませんが、次の被害者が自分である、という考え方は早計すぎませんか?」
「なんでや? 早峰さんの推理に文句あるんか」
Nがぼやいているけど無視。
「確かにイニシャルの法則性は妥当な物でしょうし、僕たちは高校二年生だから殺人の対象に当てはまるかも知れない。でも――」
「『R』がイニシャルの高校は他にもあるし、『は』が頭文字の高校二年生も他にいるって事でしょう? それに、法則に従っているとはいえ殺される順番はランダムだから次が『R』の『は』とは限らない」
「そういうことです」
どうやら、早峰さんにもわかっていたようだ。とすると、別の、何か決定的な要素があるはずだ。
「なるほどな。たしかに『R』がイニシャルの高校って言うたら、ここの他にはカトリックの『R』高校と、真言宗の『R』高校があるもんな」
「ええ、そうよ。だけど法則性に気付いた私は、メールでそれぞれの高校にいる友達に聞いてみたの。イニシャルが『は』の人で、中の下のマンションに住んでいる人がいるかどうかを」
「すると?」
「それぞれ合わせて3人いたわ。我が校の人も合わせると5人ね」
「じゃあ、別に安心しても良いんじゃないですか?」
Nがほっとしたように言った。
「それがね、実はもう一つ、次は自分なんじゃないかって思う節があるの」
そう言って、突然早峰さんは顔を曇らせた。
「実は私最近尾行されてるの……」
「び、尾行?」
Nは予想外の返答に驚いた。
「つい最近、そうね、詳しい時期で言うと五番目の被害者が死んだその日の夜から。私って家が遠いから、行き帰りは電車を使っているんだけど、その電車から降りて、駅から出た後に一回、角を曲がるのよ。時間は八時半くらいかしら。すると突然、背後で誰かが付けてくるような感じがしたのよ。最初は気のせいかなって思ったんだけど、いつまでたっても、何かこう、誰かに見られてるような感覚がするのよね」
「ということはあくまで感覚であって、実際に誰かいたという証明にはならないんじゃないですか?」
「おいおいBMIS、ちょっと口がきついぞ」
「でも、もし早峰さんの勘違いだったら僕らが無駄足を踏むことになるよ」
Nはため息をついた。そして僕はため息をつかれた。
「まあ、こいつのことはおいといて。早峰さん、尾行されているっていう確信を持ったのには何か理由があるんでしょうか?」
それって、結局僕が聞いているのと同じ事だよ、とつっこもうとしたが、今のNに言っても聞いてもらえるはずないので諦めた。
「たしかに、BMISさんの言うように、これだけでは何の証明にもならないわ。特に物音がしたわけじゃないし、あくまで私の感覚ですから。でもね、尾行されているなと感じた次の日に、また同じように感じたんだけど、その時に勇気を持って、振り返ってみたの。そしたら……」
早川さんはそこで沈黙した。
「そしたら、どうしたんですか?」
Nが聞くと、こう答えた。
「曲がり角に消えていく人影が見えたの」
 その場の空気が一気に冷え込んだように感じた。
 少しして、Nが聞いた。
「そのことは、警察には?」
「もちろん言ったわ。尾行されていると感じた二日目の夜、家に帰ってから。でも、三日目の夜に警察の方に護衛してもらったんだけど、結局その日は尾行されずに終わってしまったの。次の日の四日目も護衛してもらったんだけど、この日も何もなし。結局、警察の方では『単なる見間違いだろう』ってことで、終わりにされちゃったわ。でもね、次の日の五日目、また尾行があったの。それで、すっかり怖くなって、その日はろくろく眠れなかったんだけど、そのおかげであることに気付いたの」
「それが、連続殺人事件の法則性って事ですね?」
「ええ。で、それで余計に怖くなって、でも警察はもう頼りにならないでしょ。そんなときに思い出したのが――」
「この探偵部ってことですね!」
そう言ってNはまたはしゃぎだしたが、次の早峰さんの言葉を聞いて落胆した。
「違うわ。私が思い出したのは、学年トップのBMISさんのことよ」
Nが僕の方を睨み付ける。いや、僕のせいじゃないから……。
「探偵部に所属しているって聞いていたし、もしかしたらそっち方面も得意かも知れないと思って、ここの探偵部に来たの」
「そうですか……」
Nは一気にやる気をなくしたようだ。まあ、僕のせいではないので、とりあえずは、我関せずで。
「わかりました、早峰さん。でも、護衛を頼むなら僕なんかよりNの方が良いですよ。なんせこいつの父親はちょうどその事件を担当している警部ですから」
前半部分でNは僕をにらみつけ、後半部分で僕を高貴のまなざしで見た。
「ええ、知っています」
「えっ、知っているの?」
Nが驚く。そういえば、今日のNは驚いてばかりだな。まあ、それだけ頭を使っていなかったって事かな。
「でも、警察側はこの尾行を勘違いだと思っていますし、たとえ勘違いでなくても、時間が法則性とは違うので、連続殺人事件として扱ってくれないでしょ?」
「そうか、わかりました、早峰さん、この僕が父さんに直々に頼んでみますよ。たとえそれが無理でも我々探偵部が護衛します」
「えっと、ありがとうございます。BMISさん、それでよろしいですか?」
またしても、Nが睨み付けてきた。
「一つだけ提案させてください。法則性から考えて、次に殺人があるのは七月十五日です。そして今日が十三日ですから、十五日の六時まで、あと夜が二回あります。つまり今日と明日です。そこで、とりあえず今日は僕たちの護衛なしで返ってくれませんか? それでもう一回本当に尾行されているか確認して欲しいんです。それでもなお尾行されていたら、明日の夜から明後日の朝までは護衛します。いいですか?」
「え、じゃあ今日はどうするのかしら? もしその尾行者が連続殺人と何の関わりもなかった場合のことを考えると……」
「ええ、一週間ごとに殺される法則性は適用されませんから、今日襲われるかも知れないでしょう。しかし、僕たちとしても本当に尾行されているのかもう一度確認して欲しいんです」
「おいおいBMIS,今までの話を聞いてたら尾行されてるってわかるやろが。なんだったら、今日は僕が護衛しましょうか、早峰さん」
前半は僕に、後半は早峰さんに対してNがそう言った。だが早峰さんは首を横に振って、
「いいえ、BMISさんの言うとおりにします。たぶん何かの考えがあってのことでしょう。それに、誰かが護衛に来ると、相手は現れないようですし、もう一度確認してきます」
「そうですか……」
Nは心配そうな顔をしたが、早峰さんは笑顔になって、必死にその場の不安を取り除こうとした。
「それじゃあこれで決まりね! 明日の夜からお願いするわ。それじゃあ、もうそろそろ下校時間だし、今日はこの辺で帰るわね。それじゃあ、さようなら」
そういって、部室のドアから去ろうとしたが、出る瞬間に、
「そうそうNさん、丁寧語よりも、いつもの関西弁の方が、私は好きよ」
と言って去っていった。
Nはあっけにとられて、驚いた顔をしている。そしてその後、
「『好き』、か……」
としみじみとした顔で言った。
「N、あくまで『関西弁の方が好き』なのであって、恋愛感情があるわけじゃないよ」
だがNの耳には届いてないようだ。


結局、あの状態からNが正気にかえるまで十四分かかった。それは則ち、下校が十四分遅れたことを意味している。
そしてこのことは、今僕たちが下校をしていることを表している。
なるほど、なかなかすばらしい三段論法だ、とあえて誤用しつつも、一緒に帰っているNに闇討ちしてみた。
「Nって、早峰さんのこと好きなの?」
すると、Nはとてもあわてて、
「そ、そんなわけあるか!」と答えた。わかりやすい……。
「そんなことよりもやな、BMIS,なんで、今日は様子見なんや? 別に今日護衛して、犯人を捕まえてしもうても良かったんちゃうか?」
もちろん、そのことを考えなかったわけではない。だが僕は、護衛のプロである警察の動きを読める尾行者のことだから、護衛の素人である僕らがついていってもばれるだけだろうし、それにもし七日目に護衛に行って、そのとき尾行者が早峰さんを襲おうとしたら、その時はその尾行者が連続殺人犯の犯人であるということが半ば証明できるわけだから、そっちの方が良いと思っただけだ。今日護衛しても、それは証明できない。
あくまで僕のターゲットは連続殺人犯であって、尾行者ではない。
だが、このことはNに黙っておくことにした。なんせ、早峰さんを囮にしているようなものだから……。
「お〜い、BMIS答えろや!」
黄昏の夕闇に、自称『名探偵』の声だけがこだまする。