『In Order』 一章 前編

第一章
終わりの終わりは始まりになりうるが、
始まりの始まりは始まりでしかない


Scene1 Side:N
授業から解放されて、一時的な休息が取れる昼休み。
外には、晴れ渡る青い空。そこには、一点の曇りもなく、一筋の陰りもない。
ということで、俺はBMISへ唐突に質問をぶつけてみた。
「なあ、BMIS,人殺すっちゅーことはどういうことなんやろな」
「どうしたの、いきなり? もしかして、人を殺したくなったとか?」
「そうやねん、実はなあ……、ってそんなわけないやろ!」
「今時、ノリツッコミは、痛いよ……」


ここは京都市内の北の方にある某R高校。一応、京都府の中でも有名な進学校らしいが、真実のほどは定かではない。でも、最近の成績がよろしくないっていうことは、真実のようだ。ちなみに共学であり、どこぞのR高校とは違うということを強調しておきたい。制服なんてものもなく、私服だし、髪型とかに特に制限がないのも相違点と言えるだろう。
そして、俺はそんなR高校に通っているわけだ。
と、ここまで書いて全く自分の名前が出てきてないことに気づいたから、そろそろ自己紹介でもしようか。
もっとも、自己紹介といっても自分の本名を紹介するわけではない。何故なら、いつもみんなは俺のことを「N」って呼んで、本名で呼んでくれる人なんかいないからだ。だから本名なんて語るのは無駄だし、単に「N」としておくだけでいいと思っている。
では何を紹介するのかというと、これといって紹介することも思いつかないので、結局は何も紹介なんかしない。強いてあげるなら、関西に長らく住んでいるので、というより、生まれてこの方、関西から出たことがないので、常に関西弁でしゃべるというだろうか。(もっとも、脳内は別!)
おっと、一つだけ言うのを忘れていた。俺は「名探偵」である。
今の部分ちゃんと読んでいただけただろうか。重要なので改行してもう一度。
俺は「名探偵」である。
おそらく、これを聞いて不審に思う人もいるだろう。だが、実際に俺は高校で探偵部というクラブに所属しており、様々な難事件を受け付けている。そう、「受け付けている」のだ。
ただ、この学校が平和なのか、はたまた日本の警察が優秀なのか、はたまた「こんな意味のわからないクラブ、信用できない!」と思われているのかは知らないが、今まで依頼が来たことがない。
そういうわけで、今まで一度も事件なんて解決したことはないが、それでも「探偵部」に所属しているのだから、「名探偵」を自称しても良いだろう。
とまあ、以上が今思いつく限りの紹介である。それ以外の大事なことはその都度説明していけばいいだろう。
それでは、最初の教室での会話に戻ろうか。


「まあ、ノリツッコミしたことはおいといて……」
 そう俺が言うとBMISはため息をついた。
 「相変わらず、都合の悪いことは忘れようとするんだね……。でだ、どこからそんな話がわいてくるんだい?」
「最近、ニュースでよくやってるやんか。京都で起こってる連続殺人事件。それを見て『犯人はどのような思いで殺人を犯してるんやろな』って思って」
 それを聞いてBMISは口をぽかんとさせた。どうやら、普段優秀なBMISも、さすがに俺のこの思慮深さには驚いたようだ。と、そんな優越感を味わっていると、
「何それ? そんな事件が起こっているんだ。へえ〜」
俺の優越感はグラスのごとく割れた……。
「……。って、何が『へえ〜』やねん! お前テレビとか新聞とか、見てへんのかいな!」
「だって、家にテレビなんてないし、新聞は見る必要ないと思ってるから」
「何で見る必要がないねん!」
「だって、報道陣によって歪曲された情報なんて、正直言って無駄な部分が多い。つまりは読むのは時間の無駄。それなら自分に必要なときに、必要な情報だけを取り入れるのが僕のポリシーだからね」
ああ、頭が痛い……。
「それで、その連続殺人事件について、情報提供するつもりなの、しないつもりなの?」
やれやれ、こういうときは「してくれるつもりなの」って言うくらいの配慮をして欲しいところだ。まあ、BMISに求めた俺が間違っているのかもしれないが……、
「しゃあないなあ、教えたるわ」
律儀にも「教えたる」と直して事件の概要をBMISに話し始めた。


いま、京都で起きているこの連続殺人事件は、通称「京都女子高校生殺人事件」というありきたりな事件名で銘打たれている。なんでも、家族とはかけ離れて、マンションで一人で暮らしている女子高生が寝ているときに襲われているようなのだ。しかも、殺された女子高生は、豪華なマンションでもなく、ぼろアパートでもなく、平均的、もしくはそれよりある程度下のマンションに住んでいる人ばかりである。また、死亡推定時刻から考えて、殺人が起こるのは、いつも朝早くのようだ。
被害者につながりが全くないことや、事件現場に死体以外に何も証拠が残っていないことから、捜査は難航しているようだ。


「なるほど。ということは、人を殺したその手で、その体で、普段生活しているわけだね」
「そういうことになるな。まったく、気が知れんわ」
「ところで、この事件ってNのお父さんが担当してたりするわけ? 一課の警部だしさ」
そう、俺の父さんは警察である。しかも、今まで数々の難事件を解決している敏腕刑事だ。そしてBMISが言ったようにこの事件は父さんが担当しており、俺も興味を持ち始めたわけだ。
「なるほどね、それで、親を出し抜こうなんて思っているんじゃないよね?」
「ええっと、まあ、あたりまえやろ。そんなん思うわけないやんか……」
「ふ〜ん、まいっか」
俺のことはどうでも良いみたいな感じで言われた……。まあ、いいけど。
「それよりも『京都女子高校生殺人事件』になっているってことは、殺された人の所属していた高校は、みんなバラバラってことなのかな?」
「お、鋭いな、さすがは名探偵。探偵部に所属することはあるな」
「僕は名探偵じゃないよ。それにNだってあくまで『自称』の文字がつくでしょ」
まったく、失礼な奴だ。探偵部に所属する限りは則ち「名探偵」を自称してしまっても良いのだ。そう会則にも書いてある。
「それ、自分が作った会則でしょ……」
なかなか痛いところをつく発言だ。って、
「なんで、俺の考えてたことがわかるねん!」
「簡単な読心術だよ」
やっぱり頭が痛い……。
「まあ、所詮は部員二名の弱小クラブだしね。自称しても誰も文句言わないから、別に良いかもしれないね」
今更フォローしても遅いって……。
「それよりも、話の続きに行こう」
「せやな、まず第一被害者は――、って、口で言うより紙に書いた方がわかりやすいな。」
そう言って俺は、机の上に今までの被害者を殺された順番にリストアップした。


名前    高校 学年 死亡推定時刻 日付
笠井清美  H校 H2 6:00頃    六月十日
高里白奈  K校 H2 6:00頃      十七日
夏樹静江  O校 H2 6:00頃      二十四日
泡坂妻子  D校 H2 6:00頃    七月一日
坂口杏   I校 H2 6:00頃      八日


「へ〜、律儀にも犯行時刻を六時頃にそろえているんだね。これはなかなか几帳面な殺人鬼だね」
「そんな悠長なこと言ってんと、なんか推理したらどうや」
まったく、BMISは何を考えているんだか。殺人犯の性格なんかより、もっと、事件の本質的な部分の推理をして欲しいものだ。
だが、BMISから返ってきたのは予想外の返答だった。
「拒否する」
「え? なんでや?」
あまりにも強く否定されたので、俺は驚いた。
「僕は探偵でもないし、こういうのは警察に任せておくのが一番だから」
と一般論を述べて、BMISは拒絶した。
「おいおい、BMISよ。仮にも俺らは探偵部に所属してるんやさかい、たとえ、警察に任せるのがベストでも、俺らなりに推理するべきやないやろうか」
一応、俺も一般論で返してみたが、BMISからの返答は、
「無視」
の素っ気ない一言だった。
「おいおい、『無視』ってなんやねん。俺の『ガラスのハート』が傷つ――」
と、その時、授業開始のチャイムが鳴った。BMISはニタリ顔。
まったく、こんなタイミング良く鳴るとは、学校はBMISと共謀しているのだろうか、と馬鹿なことを考えつつ、仕方なく話をやめた。
「今日の放課後に、部室で推理するからな。覚えときや」
だがBMISはすでにお昼寝モードに入っていた。まったく、勉強しなくても、満点とれる奴はうらやましいな。やれやれ……。


そして放課後。俺はすっかり今週の掃除当番であることを忘れていたため、残念ながら、BMISを部室に連れて行くことはできなかった。まあ、いつも通り部室に行っているだろうと希望的観測を持ちつつ、掃除に専念することにした。
ほんと、チャイムが鳴ったり、掃除当番に当たっていたりと、偶然だよなあ……。



Scene2 Side:BMI
Nに対して一つ嘘をついてしまったな……、そう思いつつ僕は、言われたとおりに3階にある探偵部の部室に向かっている。
 その嘘とは「だって、報道陣によって歪曲された情報なんて、無駄な部分が多い。つまりは読むのは時間の無駄」というくだりだ。そもそも無駄な情報からいかに真実を見いだすかが重要なのであって、無駄だからという理由で情報を手に入れないのは愚の骨頂といえるだろう。
 では何故、僕が情報を手に入れようとしないのか。それは、僕の幼児期の話にまで戻らなければいけない。
 僕が昔、本当の意味での「名探偵」だった頃の話である。
 僕はアメリカで生まれてすぐに、両親を亡くし、ある孤児院に預けられた。
家族のいない寂しさは感じていたが、そこでの暮らしはとても楽しかった。毎日が勉強ずくめだったが、僕には孤児院の院長の授業がとても面白く感じられたのだ。
僕は6歳になった頃には、すでに日本でいう、高校レベルの知識は完璧に記憶してしまっていた。その上、英語以外にも、両親の母国語である日本語や、ドイツ語、フランス語、ギリシャ語、スペイン語、中国語などなど、あらゆる言語に精通していた。これには院長も驚いたろう。
 そんな僕に、人生の転換期とも言える時がやってきた。とある探偵機関から、「探偵にならないか」との手紙が送られてきたのだ。僕は、目を疑った。探偵なんて、空想上の職業としか思っていなかったからだ。だが、手紙を読み進めていくうちに、次第に、機関の、そして探偵の存在を確信した。そういう経緯で、僕は本当の意味での「名探偵」となったのである。
 だがしかし、実際に探偵機関に入ってみて、僕は現実のなんたるかを、教えられた。
 国家間の陰謀
 組織間の取引
 犯罪機関の殺戮
 そのどれもが、当時子供だった僕には耐えられないものだった。
だから僕は機関に入って数年でやめてしまった。そして僕は「一般人」として過ごすことにしたのだった。
それ以来、僕はありとあらゆる犯罪に対して畏怖の念を覚えるようになってしまったのだ。
だから、僕はニュースなんて見ないし、新聞も読まない。完全に逃避してしまっている状態なのだ。
ただし、推理自体が嫌いになったのではない。現に僕は探偵部に所属しているし、推理小説も好んで読んでいる。
ただ、実際に起こる犯罪が怖いだけ、ただそれだけのことなのだ。


そうこう回顧しているうちに、部室についた。
相変わらず殺風景な部室である。あるのは、机と椅子ワンセットと、パソコン一台、そして「部長」と書かれた三角ペナント、そして部室のドアに貼り付ける「難事件受け付けます」のポスターである。ただそれだけしかない。事件を記録するファイルもなければ、推理小説などを置いておく本棚もない。そしてエアコンもなければ、依頼者用の椅子さえないのだ。とにかく、あらゆる物が欠如している。もっとも、部員たった二名のクラブにはこの程度の量しか必要ないのかも知れない。だが、椅子はもう一つ欲しいところだ。僕の座るところがないから。
 とりあえず僕は、Nが来るまで部長席に座ることにした。
 そして、Nから教えてもらった事件について推理する。
 なぜ「犯罪恐怖症」の僕が、この事件を推理しようとしたのか。
これは後々考えてみてももわからなかったことだ。ただそれ以外にやることがなかったかもしれないし、そもそも理由なんてないのかも知れない。そう、最もしっくりくるのは、「直感した」だ。
 まずこの事件についてわかるのは、被害者の名前の頭文字と、高校のイニシャルの関係性だろう。もちろん、これはたまたまかも知れないが、一応考慮に入れるべきだろう。
そして、もう一つわかるのは、快楽殺人であるということだろう。毎日同じ時間にしかも先ほどの規則性を持ちながら殺していくのは、独特の観念に基づいたもの。恐らく、思想レベルは一般の領域を超えているはず。また、今まで殺人を見つからずに遂行しているところを見ると、相当頭も切れるようだ。
もちろん、ある一つの殺人を隠すために、他の殺人を犯したと言うことも考えられるが、それならいちいち、同じ時間、同じ学年に揃える必要なんかないだろう。揃えたりなんかしたら、それに該当する人が、みんな警戒し始めるだろうし、やりにくくなる。それに、五人も殺す必要ない。
ここまで推理して、いや、推測して、僕は一旦思考停止した。何せ、情報が足りなさすぎる。ここは一旦、情報収集が必要だろう。


と、そのとき、不意に部室のドアがノックされた。
Nかな? と、最初は思ったが、すぐにその可能性は消した。Nの性格から考えて、まずノックなんていう繊細な心遣いが出来るとは思えない。可能性は皆無だ。
では誰だろうか? そもそも、こんな弱小クラブに来る人なんか早々いないので、来る人は限られているはず。誰だろう。顧問か? Nの友達か? 活動をしていないことにイチャモンを付けに来た生徒会や活動部か? それともそれ以外か?
とりあえず、
「どうぞ」
と、言ってみることにした。
「失礼します」
と、礼儀正しい返事をしながら入ってきたのは、あまりにも予想外の人物だった。
その人物とは、
「え〜と、早峰香です。探偵部ってここの部室で良いわよね?」
どうやら、「それ以外」が正解のようだ……。