『消えた天才の部屋(のゴミ)事件』

 昨日の雨が嘘みたいに雲ひとつなく晴れた空だった。私たちは眩しい朝の陽ざしの中、その人を待っていた。
「ふっふっふっ、来るがいい。私の作戦は完璧!どんな人間だろうと見破れるはずがない!」
先生は持ち前の底なしの、でも根拠のない自信で私たちを圧倒する。
「そうだ、こっちには天才物理学者の月見里先生がいらっしゃる。どこからでもかかってこい!」
自称天才少年の荻谷さんも同調する。
私はさすがに一緒になって盛り上がる気にはならず、一歩引いて見ていた。何か考え付いた時の先生のテンションにはついていけないものがある。それは今回のように、他人からすればとてつもなくくだらないことだったりもするんだけど。
 その先生はまた何か思いついたようで、
「目標を捕捉したらフォーメーションAでいくぞ」
無駄に張り切っている。
「決めましたっけ、そんなの」
「言ってみたかったんだよ」
先生は自分の号令に当然みんなが従ってくれると思っていたようで、私の言葉に不服そうな顔をしている。
「で、フォーメーションAとは一体何なのですかな」
「つまり、荻谷さんの祖父母が来るということで、それに備えて作戦を……」
「先生、先生」
「何だい、荻谷君」
「今、そこにいるのが僕の祖父です」
「え、」
先生の作戦には決定的な不備があった。先生が関わっているという不備が。
「いやね、これはね、しどろもどろのあおみどろというわけでして」
「そうそう、そういうわけなんです」
先生と荻谷さんは何だかわけのわからないことを口走っている。私は見かねて、
「荻谷さんのお祖父様とお祖母様に日本の夏気分を味わってもらおうと思ってこっそり用意してたんだよね」
「そうそう、その通り」
とりあえず、そういうことにしておいてもらおう。
「まあ、立ち話もなんですから、部屋に入りましょうか」

 私たちは先生に案内されて部屋に向かった。
「僕たちがいてもいいんですか。邪魔なら出ていきますよ」
「いえいえ、とんでもない。どうぞいらっしゃってください」
と丁寧に言ってくれたのはお祖父さんだ。髪の毛は真っ白だけど、声も大きいし背も先生くらいはある。荻谷さんはものすごく厳格な人のように言ってたけど、私たちにいてもいいって言ってくれる所なんか、ずいぶんやさしい人のように思える。(まあ、「邪魔なら出ていきますよ」って言われて「はい、邪魔です」とは普通言えないけど)
「お祖母さんはどうなさったんですか」
確か二人で来るって聞いたはずだけど。
「家内は変わり者でね、日本に来たらまずは漬物を買わねばならない、というのが持論なんです。ドイツからはるばる来たのについた途端に漬物屋巡りですよ。全く」
どこの国にも変な人はいるもんだ。
「ところで、お二人は日本人なんですか」
「二人ともドイツ人と日本人のハーフです。というかうちの家系はさかのぼれる限り全員ドイツ人と日本人のハーフです」
と答えたのは荻谷さん。というかそんなことがあり得るのか?
「そうそう。だからうちのものは何事にもきっちりしていてね。カップラーメンもきっちり3分ストップウォッチで測るし、犬もきっちり3遍まわってワンというし、円周率もきっちり3なんだよ」
と誇らしげに語るお祖父さん。でも円周率が3ってむしろアバウトなんじゃ?
「素晴らしいです。実は僕も毎日きっちり3時台におやつを食べることにしているんですよ」
と自慢げに話す先生。あんたは子供か!
「御嬢さんは何かきっちり3なことはないんですか」
お祖父さんが尋ねる。というか3限定かよ。
「と言われても……」
「なんでもいいんです、身長がきっちり3メーターだとか、体重がきっちり3キロだとか」
「そんな人いませんよ」
「生まれてからきっちり3年だとか、3世紀だとか」
「私を何だと思ってるんですか。でもそうですね……誕生日がきっちり3日ですよ」
「え……あ、あっそうですか」
何でそこまで急にテンションが下がる!?
「まあ、そんなことはおいといて、机を見せてもらえるかい」
「これです。お祖父様」
荻谷さんが素早く案内する。
「なかなかきれいに片付いているじゃないか」
「本のほとんどは別の部屋に置かせてもらっていますから」
荻谷さんの返答にもそつがない。
「おお、この椅子はいいな、座ってもいいかい」
「モチのロンです。お祖父様」
若干気合入りすぎのような気もするけど。
「おお、私にぴったりだ。これはいい」
「このレバーで椅子の高さが変えられますですよ、お祖父様」
もはや不自然だろ、「ますです」って。
何はともあれ、先生の作戦は成功しているらしい。


 ではここで、読者への挑戦
 先生の作戦とは一体何なのでしょう。


 後書き
 あ〜夏休み。学校もねえ、授業もねえ、補習もねえ、クラブもねえ、でも図書委員会の活動もないよ〜。夏休みが続く限り、図書委員会ブログは遊人の落書きコーナーになります。おお怖い。しかし、この長い夏休みも残すところあときっちり3週間、遊人が皆さんとお会いできるのもあときっちり3週間……意外と長いな、単純計算してあと3回書かなければいけない。いや、3週間後はちょうど学校が始まる日、その日何らかの活動をすれば、
委員長なりN氏なりBMIS氏なりが何とかしてくれるに違いない。
 それでは、またお会いしましょう。See you again.