続・『消えた携帯電話事件』

先生の指の先にあったのは電子レンジだった。
「携帯電話はあの中です」
「なっ、なんだって〜」
荻谷さんが派手に驚く。
先生は人差し指を立てて部屋の中を歩き始めた。
「さて――」


「さて、あなたは昨日一度も部屋から出ていない。つまり携帯電話を部屋の外に持ち出すことは不可能。さらに携帯電話に取り付けられたアルコール検知器によって電源を切ることも不可能。にもかかわらず、携帯電話に電話をかけてもつながらない。つまり考えられる可能性はただ一つ、この部屋において唯一電波の届かない場所、電子レンジの中です」
先生が電子レンジの中を開けるとそこには――
「あれ?」
何もない。
「いやいや、電子レンジの壁面に巧妙に隠されているかも……。もしや回転皿の下か?」
先生は電子レンジの中に頭を突っ込んでいろいろとよくわからないことを呟いているが、一秒ごとにその声から最初の自信がなくなっていくのが分かる。
「月見里さん、もういいですか?」
荻谷さんの視線が先生に突き刺さる。
「とりあえず、部屋を片付けましょう。あそこの名探偵はおいといて」
「は、はぁ」
なんかしっくりこないなぁ。大事なことを見落としている気がする。喉のところまで出かかっているんだけど……。
「そこの名探偵、あなたもさっさと片付けてください」
ん? 「片づける」? 「探す」ではなくて?
そういえば、部屋に入ったときから荻谷さんの行動は何だか変だ。
「荻谷さん、携帯の場所は覚えてないんですよね」
荻谷さんは私が突然話しかけたせいか、驚いたように、
「ええ、全く」
と答えた。
「じゃあ、なんで部屋から出なかったことは覚えてるんですか?」
「そ、……それはたまたま覚えていただけで……」
ますます怪しい。
「そもそも、本当に携帯なんてもっているんですか?」
「も、もちろんです」
「でも、普通携帯を持っている人は『雷の日に携帯が通じるわけない』なんて勘違いをしないと思いますよ」
「いや、でも仮にそうだとして、どうしてありもしない携帯を探させる必要がありますか」
「それは部屋をk――」
「部屋を片付けさせるためだったんです!」
いつの間にか復活していた名探偵がいいところを持っていく。
「あなたは部屋を片付ける必要に迫られた。しかし天才物理学者兼天才言語学者の僕に協力を仰ぐには部屋の片づけというのはあまりにも味気ない。そこで携帯電話の謎を用意して僕に興味を持たせようとしたんですね」
「……。はぁ、降参です。さすがは天才物理学者。稀代の天才少年であるこの私、ミヒャエル・W・オギヤも完敗です」
なんでこの人たちは天才天才言い合ってるんだろう……。というかそこの天才物理学者、雷の話に気付いたのは私だ。
「でもどうして急いで片付けなきゃいけないんですか?」
ふと疑問に思ったことを尋ねてみると、
「実は明日、ドイツから祖父母が私の部屋に来るんです。祖父はとても厳しい人で、こんな散らかった部屋を見たら脳の血管が吹っ飛んでしまうでしょう。祖父の脳を守るためにもこの部屋を今日中に片付けなければいけないんです」
おじいちゃん思いなのか、単に片付けられないだけなのか……
「ふっふっふっ、天才物理学者の出番のようですね」
「おおっ、手伝ってくれるんですか?」
「片づける必要はありませんよ、ようは綺麗に見えればいいんです」
先生はいたいけな少年に何を教えるつもりなんだろうか。
「よ〜し、全員集合!」
先生の号令で私と荻谷さんは部屋の真ん中に集まった。
「作戦はかくかくしかじかというわけだ」
「これこれうまうまというわけですね」
「ふっふっふっ、越後屋、おぬしも悪よのう」
「いえいえ、お代官様ほどでは」
名探偵の次はお代官とは、忙しい人だ。
「作戦決行は明日、解散!」