『消えた携帯電話事件』

※電子レンジの中の携帯電話にはつながりません


 
 闇。12時半の部屋で蝋燭の光が頼りなく揺れる。外の雨音にまじる雷の音も、心なしかおびえているように聞こえる。
「昔この校舎で死んだ生徒がいてね……」
「いや、聞かないから」
月見里先生の考えることはいつも私の予想を超えている。日本の夏気分を味わうという目的自体はそこまで奇妙なものではないのかもしれないけど、それを自分の研究室で、しかもかき氷やそうめんではなく怪談で味わおうというのはいただけない。
「今でもその霊が廊下をさまよっているんだ……」
聞こえない。聞こえないぞ。聞いちゃだめだ……。
耳をすませば今もその泣き声が聞こえt――」
「うぉぉぉ〜いおぉぉいおぉぉい」
この声はもしかして……。
「……生徒の……幽霊……」
「先生?」
「出た〜〜〜〜!!」


3秒後、私たちは部屋の机の下で場所を取り合っていた。
「先生がいって何とかしてください!」
「ほら、学生同士のほうがいろいろと分かり合えるだろう。ここは君が行くべきだろう」
「先生は物理学の教授でしょう。超常現象を研究できるチャンスですよ」
「月見里せんせーい」
「ほら、先生ご指名ですよ。行ってこないと」
「ぼ、僕に幽霊の知り合いはいないよ」
「私です。萩谷ですよ。助けてくださーい」
「萩谷さん!?」
「えっ、先生の知り合いなの!?」
幽霊の知り合いまでいるとは、空恐ろしい人だ。
「何だ。萩谷さんか。幽霊じゃなかったのか」
「え、幽霊じゃないんですか」
何か損した気分だ。
先生が扉を開ける。廊下の照明の光が目にしみる。
 萩谷さんは驚いたように、
「随分暗いですね。何してたんですか」
「僕と戸賀君は日本の夏気分を堪能していたところです。君が来たせいで台無しになってしまいましたがね」
「これが日本の夏の過ごし方なのですか?興味深いな」
「『夏の過ごし方』ではなく『夏気分』!」
私の前で派手に騒いでしまった恥ずかしさを、人に当たり散らして発散する先生は、萩谷さんと比べてもどう見ても子どもだ。とはいえ萩谷さんに対する恨めしさは理解できないこともない。いやというほど「日本の夏気分を堪能」させられたのだから。
「君は一体何しに来たんですか、わざわざ人の夏気分を邪魔してまで」
「携帯電話をなくしたに決まってるじゃないですか」
先生より背の低い萩谷さんだが、態度は負けず劣らず大きい。
「そんなことですか」
先生の言葉には明らかにとげが含まれている。でも萩谷さんはそんなこと気にも留めずに
「そんな事とはなんですか。私にとっては一大事です」
なぜか胸を張って主張する。
「とにかく、私の部屋まで来てください。いいですね」
私たちは蝋燭の炎を消し、言われるがままに萩谷さんの部屋に向かった。



萩谷さんの部屋は明るかった。いかに私たちのいた部屋が(先生の思いつきのせいで)暗かったのか思い知らされた。雨の日とはいえ、真昼の12時半だけあって周りはかなり眩しい。窓もカーテンも閉め切ったあの部屋にいたせいで夜だと錯覚してしまっていた私と先生は、光に目が慣れるまでしばらく時間がかかった。
「で、どこに置いたんですか」
先生の声は明らかにやる気がない。
「それが、全く覚えてないんです。たぶんこの部屋の中にあるはずなんですが」
「そんな適当な……」
同感。
「とにかく、この部屋を探してください」
と言われても、部屋の中は足の踏み場もないほどの散らかりようだ。電子レンジの上には大量のお菓子、周りには巨大な本が鎮座している。床を埋め尽くすあやしげな紙の束……パワーショベルがいるかもしれない。
「携帯に電話してみればいいんじゃないでしょうか」
私はきわめて現実的なプランを提示した。
「そんなこともうやったにきまってるじゃないですか、だいたいこーんな雷の日に携帯が通じるわけないでしょう」
突っ込むところかもしれないけど、詳しくは追及しないことにする。
「じゃあなんで部屋の中を探すんですか」
先生が無謀にも追及する。
「昨日は部屋から一歩も出ずに酒を飲んでたんです。だからこの部屋の中にあるはずでしょう」
飲んでいいのか?というかダメだろ。
「酔っぱらって電源を切ったんじゃないんですか」
「そんなはずはないですよ。呼気のアルコールが一定以上に達すると通話とメール以外の操作を受け付けないようにアルコール検知器をつけています」
なんで携帯にそんなものをつける必要があるのか、私には見当もつかない。
「ともかく、この部屋に電源がついた状態であるはずなんです」
そんなこと言われても、電話してつながらないんだし……、と思って先生を見ると、先生は得意げな笑みを浮かべていた。
「わかりましたよ、萩谷さん。携帯の場所はあそこです」


さて、携帯の場所はどこでしょうか?


あとがき

 前回駄作を書き散らした遊人です。今回はあれよりひどくはならないだろうと思っていたのですが……。
 なんと、あとがきに書くことすら思い浮かびません。しかも締切はとうに過ぎているっ。
 この場を借りて、他の図書委員に迷惑をかけたことをお詫びしたりしなかったり。
 では、機会があれば、またお会いしましょうね。遊人でした。