『桜の下で出た死の落差』

ここはR高校の校庭にある桜の木の下である。そこでは沢山の人たちが花見をしていた。
もちろん例の奴らも……。


「う〜ん、やっぱり花見には餅だね〜」
「羽衣田、それを言うならダンゴだろ。なんで花見にワラビ餅を持ってくるんだよ!」
「何を言っているんだい。ワラビ餅は『キングオブ餅』と呼ばれるほどなんだよ。これはね神聖――」
「羽衣田、そのネタは前にやったよ」
委員長は鋭いツッコミを入れたが、羽衣田の耳にとどいていない。
「そういえば委員長、Nはどうしたんだい? また『大人の事情』か?」
「まったく、羽衣田は人の話を聞いていないのかい。そもそもNがいないのは君のせいなんだからね」
「え? なにかしたかな?」
委員長はため息をつく。
「まったく。君は今日ダンゴを持ってくる係だっただろ。それなのに持ってきたのはワラビ餅。だからNが會見屋(あいみや)にダンゴを買いに行ったんじゃないか」
「まあそれはそれとして……」
都合の悪いことはすぐに流す、これが世に言う『羽衣田式』である。
ちなみに會見屋というのはR高校の近くにあるデパートのことである。
「実はね一昨日面白いものを見せてもらったんだよ。僕の人望は厚いから、人間関係が幅広いってことは君にもわかるだろ。」
委員用はものすごい勢いで首を横に振った。だが羽衣田はそれを無視して先に進む。
「僕はそのおかげでね、R大学の月見里准教授という人に会ってきたんだよ。」
「誰?」
「あれ、知らないの? 物理学者にして言語学者、そしてこの春から30代という若さで教授になる。それが月見里博士だ。ちなみにね、奥さんはすごい美人でね、それはもうびっくりするくらいだ。でも旧姓に固執しているみたいでね、名前はそのままらしいんだ。他にも奥さんには伝説が――」
「羽衣田、君の言う面白いものっていうのは『月見里助手の奥さん』のことかい?」
そういって委員長はまたため息をつく。相変わらず羽衣田は美人に眼がない。
「もちろん違うよ。面白いものっていうのは月見里準教授が開発したロボットのことだよ。」
「ロボット? それって『ASIMO』とか『AIBO』みたいなやつ?」
「そう、『ガンダム』とか『鉄人28号』みたいなやつだ」
勝手に自分の好きなアニメに言い換えて羽衣田は答えた。
「その開発されたロボットというのはね、見かけはペンギンのぬいぐるみの形をしているんだ」
図書館部長はペンギンLOVER、委員長はそれを思い出す。もっとも今は全く関係のないことだが。
「でもそれは仮の姿でね、実際には回文制作機なんだ」
「回文? それって『竹藪焼けた』とかみたいなやつ?」
「そう、それだ。それにね、そのペンギンがしゃべる回文って言うのが傑作揃いでね、僕も作りたくなって作ってみたんだ。聞いてくれ」
「拒否する」
委員長は素っ気なく言い放ったが、『羽衣田式』にのっとって聞き流された。
『ダイヤが輝いた』『根が鋼』『寝てってね』『現在懺悔』、……」
その後も何個も続いたがどれも聞いたことのあるやつや、短いやつばかりだ。
『冷凍トイレ』『総和カワウソ』――」 
「おい羽衣田、正気に戻れ!」
『リモコン子守』イナイ×イナイ――」
「それは版権ものだぞ……」
『倫理』、」
「単語かよ!」
『吉田氏よ!』『ダス・マン増田』『美香は神』――」
「誰だよそれ。それに人名なんか使ったらきりがないぞ。」
『桃も桃、李も桃』『デデデ』『ロロロ』『ラララ』――」
「おい、それ意味わかんないぞ。しかも後半って『カービィ』だろ」
「あれ? 良くわかったね。それより委員長も作ってみなよ、楽しいよ。『ルルルルル♪』
もはや鼻歌まで回文になっている羽衣田である。もっともそれを回文と読んでしまっていいのかは知るよしもない。
「う〜んと、そうだな、『来なき畑中、彼方はきな粉』なんてどう?」
「おお、さすが委員長。僕のためにワラビ餅ネタを作ってくれたんだね」
「どこをどう見たら『ワラビ餅ネタ』になるんだよ!」
「だって、『きな粉』が入っているじゃないか。もうこれはワラビ餅しかないじゃないか」
どうやら羽衣田の頭の中では「『ワラビ餅』=『きな粉』」の式が成り立つようだ。これを『羽衣田の法則』とでも呼ぼうか、いや呼ばない(反語)。もしこんなことで『法則』と呼んでしまったらこの後どれだけ『法則』があるかわからない。


と、そうこうしているうちにNが戻ってきた。
「ダンゴ買ってきましたよ」
「ありがとう、N。」
そういって委員長はダンゴの入った袋をNから受け取った。
「いえいえ礼には及びませんよ。それよりなんか楽しい話をしてましたよね。どんな話をしてたんですか?」
「ああ、実はね羽衣田と一緒に回文を作っていたんだ」
「回文? それって『竹薮焼けた』とかいうやつですよね」
「そうだよ」
どうやら「回文」と聞かれたら『竹薮焼けた』と答えるのは万民共通のようだ。
「なるほど、なかなかおもしろそうですね」
「そうだNもつくってみたら?」
そういわれてNは考える。
「おうっ、できたぞ『桂落下』
「相変わらず短いね。こういうのはどうかな、『富士山麓、悪論さ。自負』
「委員長、うまいですね。私もできましたよ。『枯れたる雪どけ、だけど来ゆる誰か』
「おっ、Nはなかなか綺麗な文を作るね」
「本当だな。まぐれとはいえ、今の回文は私のより1.1倍うまかったことを認めよう」
「他にもどんどん考え付きますよ。『庭と羽ばたく束は永久に』とか『首光り、理科響く』とかね」
「う〜ん、Nはうまいなあ。なんかコツでもあるの?」
「ええ、ありますよ」
そういってNはにっこりと笑った。
「たぶん、委員長と羽衣田さんはひとつのキーワードを決めて、ひっくり返し、少しずつ言葉を足して回文を作っているでしょう?」
その言葉に委員長と羽衣田はうなずく。もっとも羽衣田はひっくり返しているだけで、言葉を足しているようには見えないが。
「しかしそうすると、どうしても文字を文字としてしかとらえられず、作るのに時間がかかったり、短い文しかできなかったり、キーワードが目立ってしまってバランスが崩れてしまう。そこで僕が用いているのが文字を絵としてとらえる方法だ。頭の中に画用紙があると思い浮かべてそこに絵を書いていく。しかもその絵は左右対称です。どうです、二人ともできそうな気がしてきませんか?」
「できるか!」
委員長と羽衣田はダブルでツッコミを入れる。
「まあまあ、一回やってみてください。ほら、今私はまた作ることができましたよ。『悔い、凸を丸く、二人の祭り。真っ暗な私、歌う下は奈落。つまり妻乗りたふ車、夫轢く』
二人はNの作った回文に唖然とする。
「ああ、Nは次元が違うね。僕が今考え付いたのは『技師、府の田園での不思議』くらいだよ」
「僕は『釘な人と雛菊』というのを思いついたよ」
「おっと、私はもうひとつ重要なことを言い忘れてました。それは『多少意味が通らなくてもきれいな漢字を使え』ってことです。今の委員長の回文は『技師、府の田園での不思議』でしたが、例えば『技師、負の田園での不思議』としたらどうでしょう。『府』という堅い言葉を使うよりも『負』を使ったほうが綺麗でしょう」
「なるほど、そういうことか。それなら僕たちでも使えそうだね」
「なあN、僕のはどう直す?」
羽衣田が跳ねながら言った。
Nは何も言わない。そしてやや間があってこう言った。
「まあそれはそれとして」
どうやらNははぐらかすことにしたようだ。救われない羽衣田である。
「また長い回文ができましたよ。『夜、月光よ。四季拝め給え。また目が怪しき証拠告げるよ』
「あ、僕も長い回文ができたよ。『村、誰かやがてベスビオの帯全てが焼かれたらむ』
「おうっ、『常、釧路、米田だね。よろしくねっ!』なんてのはどうだい?」
「羽衣田、また人名が入っているよ。その上地名もね。それはそうとさN、今回は珍しく何のミステリ要素もないけどいいのかなこんなんで?」
「別にいいんですよ、これで。」
「どうして?」
委員長は首をかしげながら聞いた。
「それがわれわれの役目だからです。私たちは『見えざる手』によって常に導かれているんですよ。でも普段はそれに気づかない。なぜなら、その存在に気づいてしまうと自己の精神の崩壊を招きかねませんからね。だから僕たちはそんなものの存在を知らずに導かれていればいいんです。たとえそれが間違った方向でも……」
委員長と羽衣田は顔を見合わせた。二人にはNの言っている意味がわからないようだ。いや、わかるのを恐れているだけかもしれない。いづれにしても知らないほうがいいということは確かだ。
「桜が美しいですね」
Nはそうつぶやいた……。


『桜の下で出た死の落差』



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